労働契約法の復習 第9条
労働契約法第9条 使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りではない。
○就業規則の性質について
就業規則の定義及び就業規則が労働者の認知及び承認なく、事業場に所属する労働者、ひいては企業全体の労働者に適用される労働条件となるのかどうかについては、すでに記述しました。また、就業規則を変更する場合に、所属する労働者の一定の同意を得て、不利益変更を行う必要があることも、前条の説明で記述しました。
そこで、就業規則に対する基本的な考え方を示した、有名な「秋北バス事件」裁判例(昭和40年(オ)145)から判決文を拾ってみます。
a 多数の労働者を使用する近代企業においては、労働条件は、経営上の要請に基づき、統一的かつ画一的に決定される
b 労働者は、経営主体が定める契約内容の定型(就業規則)に従って、附従的に契約を締結せざるを得ない立場に立たされるのが実情である
c この労働条件を定型的に定めた就業規則は、一種の社会的規範としての性質を有するだけでなく、それが合理的な労働条件を定めているものであるかぎり、経営主体と労働者との間の労働条件は、その就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、その法的規範性が認められるに至っている
d 就業規則は、当該事業場内での社会規範たるにとどまらず、法的規範としての性質を認められるに至っているものと解すべきであるから、当該事業場の労働者は、就業規則の存在および内容を現実に知っていると否とにかかわらず、また、これに対して個別的の同意を与えたかどうかを問わず、当然にその適用をうける
e 新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないと解すべきである
f 就業規則の不利益変更は原則許されないが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質かからいって、当該規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない
g 就業規則の新設および変更に対する不服は、団体交渉等の正当な手続きによる改善にまつほかはない
このように、就業規則の性質として、法規範を有すること、労働条件を統一的かつ画一的に集合処理したものであること、個々の労働者がその内容に同意するか否かを問わず、その規定が合理的なものであるかぎり、すべての労働者に適用されること等が挙げられます。
○就業規則の周知について
労働基準法第106条 使用者は、この法律及びこれに基づく命令の要旨、就業規則、第18条第2項、第24条第1項ただし書、第32条の2第1項、第32条の3、第32条の4第1項、第32条の5第1項、、第34条第2項ただし書、第36条第1項、第37条第3項、第38条の2第2項、第38条の3第1項並びに第39条第4項、第6項及び第7項ただし書に規定する協定並びに第38条の4第1項及び第5項に規定する決議を、常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること、書面を交付することその他の厚生労働省令で定める方法によって、労働者に周知さなければならない。
※就業規則は、労働基準法第106条の規定により、使用者に周知義務があり、違反した場合には30万円以下の罰金に処せられる(労働基準法第120条)場合があります。
就業規則の新規作成又は変更時の規定の効力発生要件は、労働者に周知することとされています。これは、過去の裁判例で確認できますが、すでに記述したとおり労働契約法第7条でも規定されています。
○就業規則の効力発生に関する裁判例
ア 平成9年(ワ)6244 大阪地裁判決 関西定温運輸事件
事件の概要は、定年制の新設(変更)を新たに、設けた就業規則の変更の効力が争われたもの
判決は、旧就業規則の50歳定年制は、従業員になにも周知していなかったため無効であり、また新たに55歳の定年制を定めた就業規則も規定に合理性がないから無効であるとされた
判決理由は、旧定年制は、従業員に対して全く周知がされなかったものであり、かつ、実際にも定められた定年制を前提とする運用は行われていなかったというべきであるから、旧規則による定年の定めはその効力を認めることができないとされました。
イ 昭和29年(ヨ)4033 東京地裁決定 三田精機事件
事件の概要は、変更が届けられた就業規則の定年制によって退職扱いとされた女子従業員が、就業規則の周知性を欠くから無効である旨主張したもの
判断は、周知を欠くため当該就業規則が有効に存在しなかったとされたもの
判断理由は、元来就業規則は従業員に周知させ又は公示等の手段により従業員の周知し得る状態におかれることによって始めてその効力を発生するものと解するのが相当である、としています。
○就業規則作成及び変更時の手続き、その他の問題点について
ア 意見書を書いてもらう当事者
意見書を書いてもらう当事者は、①その事業場に所属する労働者の過半数が加入する労働組合がある場合には、その労働組合、②前記①の労働組合がない場合には、労働者の過半数を代表する者を正当な方法で選定し、意見を書いてもらうこととなります。
そこで、意見書を書いてもらう当事者として要件を書く場合として次のようなケースが考えられます。
a 会社全体としては、過半数が加入しているが、その事業場については、過半数に満たない労働者が加入している労働組合は当事者の要件を欠きます
b パート労働者対象の就業規則を作成又は変更する場合で、パート労働者の代表者の意見を聞いたが、パート以外の労働者を加えるとパート労働者が半数以下の場合は、その要件を欠きます※ただし、パートタイム労働法では、労働基準法の要件を満たすか否かにかかわらず、パートタイム労働者の代表者の意見を聞くように、促しています。
c 過半数労働者の代表者が労働基準法に規定する監督又は管理の地位にある場合は要件を欠きます※ただし、事業場全体が監督又は管理の地位にある者のみで構成される場合を除きます
d 過半数労働者の代表者を選出する場合には、上記cの監督又は管理の地位にある者を含めた総労働者数の過半数を代表する者である必要があります
e 過半数労働者の代表者を選出する際には、就業規則の意見書を作成する旨を明らかにして実施される投票、挙手等の方法による必要があり、使用者が指名した者は不適格となります
イ 就業規則の遡及適用は可能か?
もちろん、遡及適用はできません。刑罰の不遡及適用の原則は、不利益不遡及の原則としてすべての規範について妥当する原則(採用から退職までの法律知識、安西愈先生著から引用)です。
それでは、続きは次回に・・・
第9条