労働契約法の復習 第15条

2015年04月18日 12:37

労働契約法第15条 使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は無効とする。

○企業の懲戒権について

 一般に、企業は経営上必要な組織内の秩序維持のために規則を定め、あるいは従業員が企業秩序に反する行為を行った場合には、懲戒処分に処することが出来るとされています。ただし、理由なく行った懲戒処分は、権利の濫用に当たることは勿論です。また、懲戒処分の内容は、訓告(戒告)、譴責、減給、出勤停止、休職、降格(降職)、諭旨解雇、懲戒解雇等様々ですが、一般にあらかじめ就業規則に規定しておく必要があります。

懲戒処分とその内容は、次の通りです。

訓告(戒告):一般に、口頭で注意を与える処分のことです。人事考課に記録されるかどうか、始末書の必要を含め、就業規則の定め方に左右されます。

譴責:口頭で非違行為を戒め、場合により始末書の提出を課すもの。就業規則への定め方次第です。

減給:労働基準法第91条の範囲内で、賃金の一定額を控除する処分のこと。ただし、遅刻・早退・欠勤による不就労部分相当の賃金控除は、懲戒処分というよりも働いていない部分の賃金を当然に支払わないもの(ノーワーク・ノーペイの原則)であり、通常の減給処分とは趣が異なります。

出勤停止:非違行為等により使用者が一定期間労務の受領を拒否し、通常はその間無給とする処分のこと。非常に重い処分と言えます。

休職:通常の休職処分は、労働者の申請による会社の承諾、或いは労働者の健康状態等に配慮して会社が命ずる出勤免除処分のこと。これも、休職期間を無休とする場合が多いですが、一定の手当を支給することも出来ますし、出勤とみなして通常の賃金を支払うことも可能です。疾病等にかかると心身ともに通常の業務が出来なくなることが考えられますので、配置転換や健康状態が重篤な場合には、休職命令を発します。※債務の不完全履行の問題となります。

降格(降職):給与の格付けや職位を下げるもの。通常は、労働者が受け取る賃金額が下がります。

諭旨解雇:非違行為により該当労働者に退職を勧奨し、合意により労働契約を解除するもの。解雇と名前は付いていますが労働者に労働契約解除の同意を求める前提ですから、法律上は解雇に当たりません。ただし、実質的に労働者の意思に関わりなく退職させる場合には、普通解雇または懲戒解雇に当たります。懲戒解雇と諭旨解雇では、退職金の支給内容が異なる場合が通常です。

懲戒解雇:非違行為が悪質な場合等に、労働者の雇用を使用者が一方的に解除するもの。最も重い処分とされています。

その他、必要に応じて「処分に該当する行為」と「その処分内容」を就業規則にそれぞれ規定することとなります。それでは、裁判例を参考に使用者の懲戒処分について考察します。

○懲戒処分の裁判例(懲戒権の根拠)

ア 昭和48年(ヨ)2405 大阪地裁判決 松下電器産業事件

事件の概要は、公務執行妨害で逮捕され実刑判決を受けた労働者が懲戒解雇され、その無効を訴えたもの

判決は、懲戒解雇は有効であるとした

判決の理由は、

a 企業が従業員に対し懲戒権を有することの根拠如何については諸説の存するところであるが、少なくとも就業規則を有する場合にあっては、これを根拠として企業序の維持という点からその合理性を根拠付けうるものであるから、企業秩序と無関係な従業員の私的行為に対してまで企業の支配力はおよび得ないところであり、就業規則によっても、右のような私的行為に対してまで無制限に懲戒の対象となすことは許されないものといわなければならない。そして、従業員の企業外における私的行為は、一般的にみて企業と無関係のものということができる。

b しかしながら、従業員の企業外における私的行為であっても当該従業員の企業における地位、当該私的行為の内容如何によっては、企業に影響を及ぼすことのあることも否定できないから、それが企業に悪影響を及ぼす場合をあらかじめ就業規則に規定し、これを懲戒処分とすることは許されると解せられる。

c 申請人らが行った右闘争行為はその政治的意図はともかくとして、極めて違法性の強い犯罪行為とされ、社会的に厳しい責任を問われたものということができる。

d 申請人らの前記犯行に対する他の従業員の批判、反発の声が強く、申請人らがこれらの従業員と強調して職務に従事することには相当の支障があることが窺えるところ、前記有罪判決により申請人らの職場内における人間関係に一層の悪影響を及ぼすことが推認される。

d 被申請人会社は申請人らが前記闘争に参加することにより不祥事の生ずることを防止すべく、上司において年休の時季変更権を行使したり或いは上京しないように説得したりしたものの、結局申請人らは敢えて右闘争に参加し、前期のとおり逮捕、拘留され、半年ないし一年近くの間就業不能の状況となり、被申請人会社の作業計画に影響を及ぼし、労務の提供につき他の従業員に迷惑を及ぼしたと認められる。

e 有罪判決が前記のとおりの相当厳しい実刑判決(懲役1年3ヶ月、懲役2年)であることの各事情に照らすと、申請人らは右有罪判決を受けたことにより被申請人会社の職場秩序に相当の悪影響を及ぼしたものというべきであり、申請人らの職場復帰を認めることはさらに職場秩序の悪影響を増巾せしめるものと認められる。

f (以上から)被申請人会社が前記有罪判決を理由としてなした申請人らに対する本件懲戒解雇は有効というべきであって、懲戒権の濫用とか懲戒処分を逸脱したものとはいまだ認めることはできない。

イ 昭和50年(モ)16 福島地裁判決 笹谷タクシー事件

事件の概要は、職場の後輩に職場外で飲酒をすすめ、酒気帯び人身事故を起こさせたとして懲戒解雇された運転手が、その無効を訴えたもの

判決は、本件懲戒解雇は、裁量の範囲内で有効とした

判決の理由は、

a (同社)規則第48条第10号は、単に「酒気をおびて自動車を運転したとき」と定めているが、右事由は、職務遂行に関係のある場合だけではなく、職場外の職務遂行に関係のない酒気帯び運転にあっても、それが企業秩序に影響するとか、企業の社会的評価の低下毀損につながるおそれがると客観的に認められる場合には、これをを含む趣旨と解すべきある。

b 思うに、使用者が従業員に対して課する懲戒は、広く企業秩序を維持確保し、もって企業の円滑な運営を可能ならしめるための一種の制裁罰であるから、使用者が就業規則に懲戒事由を規定するのは、右固有の懲戒権の行使を自律的に制約することにほかならない。

c 就業規則に懲戒事由を規定すれば、恣意的な懲戒権の行使が妨げられ、従業員の地位を保障する機能を果たすものである。したがって、右懲戒事由の規定については、それが使用者の自己抑制であることに鑑み、従業員の保護をも考慮して、合理的に解釈すべきものと考える。

d 限定列挙規定:本件において、規則中に第48条に掲げる事由が限定列挙である旨・つまり右事由による場合のほか懲戒を受けることはない旨を明示した規定はない。

 ちなみに、譴責・減給・乗務停止・出勤停止については、その内容に関する規定があるのみで、それに応じた懲戒事由を明示した規定がなく、規則第48条に誤植等の存することは、別紙のとおりである。

e 概括的規定:就業規則においては、懲戒事由を列挙した末尾に「その他前各号に準ずる事由」のごとき概括的規定をおいているのが通例であるが、このような概括的規定は、従業員の保護を考慮し、違反の類型および程度において列挙事由と客観的に相応するものでなければならないものと考えられる。(本件就業規則には、概括規定はない。)

f 債権者の本件所為は、その態様において、長時間にわたりA(後輩運転手)と多量の飲酒をし、終始Aと行動を共にして、先輩でありながらその飲酒および運転に積極的に加担し、ひいては人身事故を誘発したものであり、事故後の措置もよろしきをえたものではない。とくに、債権者は、タクシー営業に従事する運転手であったから、右所為が職場外でなされた職務遂行に関係ないものであったことを勘案しても、その情状は、決して軽いものではないというべく、右債権者の所為が同僚に与えたであろうショックの程も、前記で疎明の経緯から窺い知ることができ、無視することはできない。

g 以上の事情を考慮するならば、本件懲戒解雇は、(使用者の)裁量の範囲を超えるものではないというべきである。

○懲戒処分の裁判例(懲戒権の濫用)

ア 昭和62年(ヨ)55 長野地裁松本支部決定

事件の概要は、労働者に対する研修を理由とする出向命令が拒否され、使用者に懲戒解雇された労働者が解雇無効を争ったもの

決定は、本件懲戒解雇は無効とした(一部認容)

決定の内容は、

a 会社において本件出向命令を債権者(労働者)に対し発することにつき、特段の根拠がある(就業規則に出向規定がある)としても、もとよりその権利の行使は信義誠実の原則に従ってなされるべきであり、当該具体的事情のもとにおいて、出向を命ずることが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときは、右命令は、信義則違反ないし権利の濫用に当たるものとして、無効となることはいうまでもない。

b 本件出向命令は、本件配紙ミス(業務上のミス)を契機として債権者の再教育の必要性からなされたものではあるが、その再教育のために、松本工場を離れて遠隔の地の東日本ハイパックにおいてこれをなさざるを得ない合理的理由が見当たらないばかりか、本件出向命令は債権者にとって家庭生活上重大な支障を来たし、極めて過酷なものであるにも拘らず、その点につき会社はなんら配慮した形跡がなく、さらに前記認定の債権者のみならず、他の従業員らの作業ミスに対する会社の従前の対応の仕方、会社から系列会社への出向事例にみられるその目的と人選の内容等を総合考慮すれば、本件出向命令は、その余の点につき判断するまでもなく、会社及び債権者間の労使の関係において遵守されるべき信義則に違反した不当な人事であり、権利の濫用に当たり無効のものと云わざるを得ない。

c 本件懲戒解雇は、本件出向命令が権利の濫用に当たり無効のものであって、債権者がこれを拒否したことには、正当の理由があるから、右拒否をもって(就業規則所定の)解雇事由に該当するものと認めることができない以上、本件懲戒解雇は、右就業規則の規定の解釈ないし適用を誤ったものとして無効のものと云うべきであり、かつ就業規則所定の懲戒手続においても、重大な瑕疵(カシ)があって、著しく信義則に反し、この点からも無効のものと云うべきである。

※懲戒手続きが就業規則に規定されている場合、その手続きを正しく経ない懲戒処分は、無効とされる可能性があります。

イ 昭和60年(ワ)153 高松地裁判決 学校法人倉田学園事件

事件の概要は、教諭が業務命令違反等により降職処分をうけ、その無効を訴えたもの

判決は、正規教諭から非常勤講師への降職処分は許されないとした(一部認容控訴)

判決の理由は、

a 懲戒の意味

一般に、使用者がその雇用する従業員に対して課する懲戒は、広く企業秩序を維持確保し、もって企業の円滑な運営を可能ならしめるための一種の制裁罰であると解される

b 使用者の懲戒処分の根拠

使用者のその従業員である労働者との法的な関係は、対等な当事者としての両者が労働契約を締結することによって初めて成立するのであるから、使用者の労働者に対する権限も、労働契約上の両者の合意にその根拠を持つものでなければならない。(=契約説)使用者の経営権は、労働者に対する人的支配権をも内容とするものではないし、従業員に対する指揮命令権も、労働契約に基づいて許される範囲でしか行使し得ないはずのものである。

c 懲戒権の限界

したがって、使用者の懲戒権の行使は、労働者が労働契約において具体的に同意を与えている限りでのみ可能であると解するのが相当である。

d 事実たる慣習と懲戒権の根拠

懲戒について労働契約上の合意や労働協約がなくても、懲戒の事由と内容が就業規則に定められている場合には、使用者と労働者との労働条件は就業規則によるという事実たる慣習を媒介として、それが労働契約を規律すると解される。ただし、就業規則に定めさえすれば、どのような事項であれ、使用者と労働者の間はこれによって規律されるというような事実たる慣習は存在しないから、就業規則に定められた事項のうち事実たる慣習を媒介として労働契約を規律する事項に限られるというべきである。

※事実たる慣習の法規範の根拠

法の適用に関する通則法(旧法例:明治31年法律第10号)第3条 公の秩序又は善良の風俗に反しない慣習は、法令の規定により認められたもの又は法令に規定されていない事項に関するものに限り、法律と同一の効力を有する。

e 正規教諭から非常勤講師への降職

使用者が一定の場合(懲戒権の行使の場合も含む。)に雇用としての同一性を失わない範囲内で労働者の職務内容を一方的に変更し得ることを就業規則に規定することはできるとしても、社会通念上全く別個の契約に労働契約を変更することは、もはや従来の労働契約の変更とはいえず、従来の労働契約の終了と新たな労働契約の締結とみるほかはないから、このような事項は、労働契約の内容とはなり得ない事項であると考えられる。したがって、就業規則にそのような事項が定められていても、それは労働契約を規律するものとはなり得ないというべきである。

f 本件懲戒処分の効力

教諭から常勤又は非常勤の講師への降職は、終身雇用が予定されていた契約からこれを予定しない契約に変更するものであって、社会通念上教諭としての労働契約の内容の変更とみることはとうていできないから、高松校の前記就業規則を根拠に、教諭を常勤又は非常勤の講師に降職する懲戒処分をすることは許されないものというべきである。

※この点は、転籍出向(移籍)の場合も同様です。就業規則の規定を根拠に労働者の同意なく他社に移籍させることはできません。

それでは、この続きは次回に・・・

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