労働契約法の復習 第18条第1項
労働契約法第18条第1項 同一の使用者との間で締結された2以上の有期労働契約(契約期間の始期の到来前のものを除く。以下この条において同じ。)の契約期間を通算した期間(次項において「通算契約期間」という。)が5年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結してい有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承認したものとみなす。この場合において、当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は、現に締結している有期労働条件(契約期間を除く。)と同一の労働条件(当該労働条件(契約期間を除く。)について別段の定めがある部分を除く。)とする。
改正労働契約法に新たに盛り込まれた規定です。この第18条は非常に重要な規定であるため、項別に考察をしてみようと思います。
ところで前条の記述の際に、有期労働契約を強いられる事により、労働者が雇い止めの不安を抱きつつ就労し続けなければならない状況を述べました。従来、裁判例においては、労働者の雇い止めに際して「有期契約の更新手続きが単なる形式に過ぎず、また長期間更新されて継続され、その労働契約が既に期間の定めがない労働契約と同一視できる状況にある」と認定された事件がいくつかあります。
○労働契約法第18条第1項はどんな規定か?(趣旨・規定内容)
ア 本条第1項の導入趣旨
既に記述しましたが、使用者にとっては、正社員以外の人員について「経営の状況その他の事由」により、比較的容易に労働契約を解除する仕組みが必要でした。そこで、一定期間の有期労働契約を反復継続することで、「契約期間満了を理由に、比較的容易に事実上労働契約を解除する」仕組みが用いられて来ました。この仕組みは、「非正規雇用」或いは「非常勤雇用」等と呼ばれ、法的にも社会的にも容認されて来ました。しかし、これらの有期労働契約の反復更新は、労働者の地位を不安定な状況に置き、また、使用者が濫用する恐れがありました。
このような、不安定な立場から労働者を解放し、雇用の安定、引いては労働者の生活の安定を図る目的で本条が導入されました。
イ 本条第1項の内容
「時系列的に更新・継続された同一使用者と労働者間の2以上の有期労働契約について、『最初の労働契約において契約期間開始日とされた日を起算日として、その後5年を経過した日が属する有期契約期間中』において、事前に労働者が『無期労働契約の申し込み(契約期間以外の労働条件について従前と同一の契約)』を行った場合には、同日において使用者の承諾があり、かつ申し込み日が属する有期契約期間の満了日の翌日に、当該無期労働契約が成立したものとみなす。」という規定になっています。
上記を更にまとめると、5年間有期契約労働者として同じ会社に勤務して来た場合には、会社に申し出れば次回の契約締結時に無期労働契約に転換することができ(法律上労働者の申し出のみで足り、会社の判断に左右されません)、それ以降は会社の意向に沿って労働契約を更新し続ける必要がありません。これにより、少なくとも失業のリスクから非正規労働者が解放されることとなります。
ただし、この規定によって正社員と言われる立場に自動的になる(正規雇用される)わけではなく、労働契約の期間のみが有期から無期に転換されるに留まります。
○労働契約法第18条制定の経緯
ア 厚生労働省の有期契約の更新・雇止め基準(平成20年1月23日厚生労働省告示第12号・改善告示)による雇止めの濫用防止
(ア)有期契約締結時の労働条件の明示事項
a 更新の有無の明示
使用者は、有期契約労働者に対し更新の有無の明示(例えば「自動的に更新する」「更新する場合があり得る」「契約の更新はしない」等)をしなければなりません。
b 更新判断基準の明示
使用者は、aで労働契約を更新する場合があると明示した場合には、合わせてその更新基準を明示しなければなりません。一例として、次のような基準があります。
・契約満了時の業務量により判断する ・労働者の勤務成績、態度により判断する ・労働者の能力により判断する等です。
c 雇い止めの予告
使用者が有期契約労働者(3回以上更新しているか、1年を超えて継続して雇用されいる労働者に限る。)を雇い止めする場合には、少なくとも契約期間が満了する日の30日前までに、その予告をしなければなりません。また、それ以外の手続きとしては、最後の労働契約の締結の際に「次回の契約更新をしない。」と明示及び説明をする方法もあります。
d 雇止め理由の明示
使用者は、雇止めの予告後又は雇止め後に労働者が雇止めの理由について証明書を請求した場合は、遅滞なくこれを交付しなければなりません。また、この雇止め理由として、「契約期間満了のため」とすることは出来ず、例えば「前回の契約更新時に、本契約を更新しないことが合意されていたため」或いは「担当していた業務が終了・中止したため」等の理由を記載する必要があります。
イ 過去の裁判で無期労働契約と同一であると判断された事例
(ア)実質的に無期契約であると判断されたケース
・東芝柳町工場事件:本件各労働契約は、契約当初及びその後しばしば形式的に取交された契約書に記載された2か月の期間の満了することはなく、当然更新を重ねて、恰も(アタカモ)期間の定めなき契約と実質的に異ならない状態で存続していたものといわなければならない
(イ)労働者に契約更新の期待があり、信義則上雇い止め無効とされた事件
・龍神タクシー事件:その雇用期間についての実質は期間の定めのない雇用契約に類似するものであって、抗告人において、右契約期間満了後も相手方会社が抗告人の雇用を継続するものと期待することに合理性を肯認(コウニン)することができるものというべきであり、このような本件雇用契約の実質に鑑みれば、前示の臨時運転手制度の趣旨、目的に照らして、従前の取扱いを変更して契約の更新を拒絶することが相当と認められるような特段の事情が存しないかぎり、相手方において、期間満了を理由として本件雇用契約の更新を拒絶することは、信義則に照らして許されないものと解するのが相当である
ウ 状況から無期労働契約への転化があったとの主張
・旭ガラス事件:本件労働契約が右のとおり結果的に反復更新されたとしても、そのことにより、本件労働契約が期間の定めのないものに当然に転化するいわれはなく、また、1回目の更新以後の時点において、本件労働契約を期間の定めのないものとする旨の当事者間の明示又は黙示の合意がなされたことについては何らの疏明(ソメイ)がないから、本件労働契約が本件雇止め当時、期間の定めのないものに転化していたとの第一審債権者らの主張は理由がない
※過去の裁判では、有期労働契約が状況に従い「自動的に無期労働契約に転換した」との判断はされていません。やはり労使当事者の明示・黙示の無期契約転換への合意が必要とされています。
エ 労働政策審議会労働条件分科会の議論抜粋
・学説では、反復継続された有期契約は無期に転化するとする説と無期には転化しないけれども、解雇権濫用法理を類推適用するという類推適用説の2つが対立していた。最高裁は転化説をとらずに解雇権濫用法理類推適用説をとった、つまり、現在の法理では転化説は認めないという判断をした
・最高裁が無期説(無期転化説)をとらなかった大きな理由
これはそもそも立法がないので、諸外国でも上限規制等は立法によって一定回数以上更新したり、一定期間以上使った場合には無期契約に転化したものとみなす、立法措置をとって初めて導かれる効果だが、日本にはそのような立法がないので、その中の解釈でいくと、解雇権濫用法理の類推適用、実態として期間の定めのない契約と事実上変わらないような状況にある場合には類推適用というアプローチが法解釈としては無理がなかったということだと思う
○無期労働契約転換権の法的根拠の整理
ア 有期労働契約の解雇権濫用法理の類推適用
東芝柳町工場事件においては、使用者が契約更新手続きをいい加減に行っており、そもそも使用者が労働契約に期間を設定する意図があったかどうか疑わしい、であれば、雇い止めは解雇に等しいから、解雇権濫用法理を類推適用し、雇い止め時点で既に無期労働契約が締結されていたと同等に取り扱って、その類推された解雇の合理性や社会通念上の相当性を判断しています。一方、日立メディコ事件では、事実上で無期労働契約が締結されていたとは取り扱えないが、使用者が次回の契約更新を期待させる意思表示を労働者にしており、その期待を裏切るように雇い止めをすることは信義則上許されず、同様に解雇権濫用法理を類推適用し、雇い止めは無効であるとしています。
イ 法令の規定があれば、無期労働契約への転化説を採用できる
有期契約を数多くの回数、または長期間に渡り契約当事者が継続する場合には、契約当事者が計約期間を定める意思があるか否か疑いが残ります。労働契約の場面では、労働条件(契約条件)を使用者が一方的に設定し、労働者がそれを承諾すれば契約が成立します。そこで、一定期間又は、一定回数以上労働契約を更新してきた場合は、労使で更に同一の契約を更新するについて、労働条件を設定している側の使用者が「本当に期間の定めをする意思があるのか」が疑問です。そうであれば、労働者が期間の定めがない労働契約に転換する意思がある事を示すことで、使用者の意思にかかわらず無期労働契約への転換を法律上認めようというものです。
改正労働契約法第18条第1項により、5年を経過してさらに同一の有期労働契約を更新する場合には、労働者は無期労働契約に転換するように使用者に申し出ることができ、この申し出により法律上自動的に無期労働契約が成立します。
○無期労働契約転換権行使のルール
ア 無期転換の申し出の時期
最初の有期労働契約の開始日を起算日として、通算で5年を経過する日が属する契約期間中に申し出るか、通算5年を経過する日が属する契約の次回以降の契約期間中いつでも、無期転換を申し出ることが出来ます。
ところで、5年を超える有期労働契約は原則出来ないことになっていますが、大規模な工事で工期が5年を超える場合や、5年を超える長期の催事・行事等で、その5年を超える一定の期間で事業が終了する場合には、5年を超える有期労働契約も可能です。具体的には、例えば東京オリンピックに関連する事業で、「今年から東京オリンピック終了後6ヶ月間」に限り行われる事業などがあり得るものと思います。その場合は、契約1回目の5年経過日については、本条第1項の要件を満たさず、無期転換の申し出が出来ないこととなります。※この場合、そもそも事業が終了し仕事がありません。
イ 無期転換申し出の方法
無期転換の申し出は、口頭でも可能です。しかし、後の争いを防止する観点からも、日付を入れた文書(正副2通)を以って、使用者に申し出ることが重要です。
ウ 労働者が無期転換の申し出を行わなかった場合
労働者が、5年を経過する日が属する契約期間中に無期転換を申し出なかった場合には、その無期転換権は保留され、次期の契約期間以降に、いつでも無期転換を申し出ることができます。なお、契約満了日から次の契約発効日までの間が一定の期間がある場合の取扱いは、同条第2項の規定によりす。
オ 契約の特約として、「無期転換件を行使しないこと」の規定がある場合
無期転換を申し込まないことを契約更新の条件とするなど、要件を満たした際に無期転換権を行使させない定めをすることは出来ません。
カ 本条第1項が発行し、無期転換権が行使できる対象となる有期労働契約
本条第1項のいわゆる無期転換ルールが適用される有期労働契約は、平成25年4月1日以降に締結又は更新された有期労働契約であり、従って、無期転換権を行使できる要件が整うのは、早くても平成30年4月1日以降の有期労働契約の期間中となります。
※例えば平成25年4月1日から毎回1年単位で契約を更新した場合、5年経過日は平成30年4月1日です。そこで、同年3月以前にすでに同一の労働契約の更新に合意している場合には、平成30年4月1日から平成31年3月31日までの労働契約が成立しており、無期転換の申し出はその期間に行い、無期労働契約に転換されるのは平成31年4月1日(申し出を行った日が属する契約期間の満了日の翌日)となります。
キ 労働者に無期労働契約転換の意思がない場合はどうなるか?
労働契約法第18条第1項の規定は、無期転換ルールの前提として「労働者の無期転換の申し込み」が前提条件となっています。従って、労働者が自身の意思として無期労働契約に転換したくなければ、本条の適用はありません。
○無期転換ルールの参考資料
次の資料が無期転換ルールをまとめたものです。ご参考にどうぞ。
○過去の雇い止め裁判例
ア 平成11年(ワ)24 京都地裁福知山支部判決 三井輸送機事件
事件の概要は、「常用」と呼ばれ正社員とほぼ同様の勤務日及び勤務時間の指定・管理を受けて工場内で製品の仕上げ組み立て作業等に専属的に約20数年従事してきた者2名が、その後会社から「常用」と会社との契約が完全な請負契約であることを明確化する新規請負契約書の締結を拒否したことを理由に、会社から契約解除を通告されたため、会社との契約が労働契約であると主張して労働契約上の地位確認及び未払賃金の支払いを請求したもの
判決は、労働契約であり、かつ事実上期間の定めがない労働契約と類似、契約解除は無効
判決の理由は、
a 原告らと被告間の各労務供給に請負契約と見られうる側面があるにしても、その労務提供が指揮監督下に行われ、その報酬が労務提供の対償であるならば、原告らは、労働者性を満たし、その契約は労働契約であることになる。
b 原告らにおいて本件協定書に記載された期間満了後もこの契約関係が継続されるものと期待することに合理性があるから、従前の取扱いを変更して契約更新を拒絶することが相当と認められる特段の事情が被告に存しない限り、被告において、原告らとの間の労働契約を期間満了により一方的に終了させることは許されない。
それでは、この続きは次回に・・・
第18条第1項