労働契約法の復習 第4条

2015年04月10日 09:54

労働契約法第4条 使用者は、労働者に提示する労働条件及び労働契約の内容について、労働者の理解を深めるようにするものとする。

2 労働者及び使用者は、労働契約の内容(期間の定めのある労働契約に関する事項を含む。)について、できる限り書面により確認するものとする。

○労働契約(雇用契約)の効力発生要件

 物事の効力の発生要件や効力の発生時期は、非常に重要な問題です。昨今、架空請求詐欺や送りつけ詐欺が横行していますが、前者は被害者に加害者の契約に申し込んだと思い込ませ、後者は送られた物品等の代金を支払わばければならないと被害者に誤認させるものです。当然、両者とも契約成立(締結)の事実はありませんから、そのまま放っておけばよいわけです。

 そこで、労働契約の成立要件と成立時期を考えてみます。以前に記述した通りに、労働契約は諾成契約ですから、契約当事者の意思の合致、すなわち一方の契約申し込みと相手方の承諾のみで契約が成立します。つまり、労働契約は口約束のみで成立し、契約の効力発生要件には書面での契約締結等は含まれていません。そのため、労働条件の内容について、後々労使間で認識の違いや争いが生じる原因となっています。また、労働契約の効力発生時期ですが、通常は労働契約の内容に効力発生時期を含めることとなります。つまり、社長:「そうか、仕事を探していて、うちで働きたいのか?」、求職労働者:「はい、是非よろしくお願いします。」、社長:「じゃあ、来週の月曜日から来てくれ。仕事は朝8時から夕方5時までだ。」、求職労働者:「はいわかりました。どうぞよろしくお願いします。」・・・このように、労働契約の始期を使用者側が指定します。

○法令上の書面作成及び提示の義務又は要請

ア 職業安定法の規定

  職業安定法は、公共職業安定所(ハローワーク)の設置や有料・無料職業紹介事業、公共職業訓練、労働者を募集する者に関する規制、労働力の需給調整に関する事等を定めています。

 そこで、同法第5条の3に規定されている、労働条件の明示義務者は、「公共職業安定所」「職業紹介事業者」「労働者の募集を行う者(個人と法人)「求職者募集受託者」「労働者供給事業者(労働組合等)」とされています。また、明示する対象者は、「求職者」「募集に応じて労働者になろうとする者」「供給される労働者」となっています。※労働者供給事業は、同法で禁止されています(1年以下の懲役または100万円以下の罰金)。ただし、労働組合が厚生労働大臣の許可を受けた場合には、無料の労働者供給事業を行えます。また、労働者派遣業も労働者供給事業の一つですが、労働者派遣法の規定に従って行うことができます。

 さらに、明示すべき労働条件としては、「従事すべき業務の内容」「賃金」「労働時間その他の労働条件」を明示しなければならないと規定されています。職業安定法施行規則第4条の2には、この労働条件の明示に関して、さらに詳細に規定しています。

 第4条の2 法第5条の3第3項の厚生労働省令で定める事項は、次のとおりとする。

一 労働者が従事すべき業務の内容に関する事項

二 労働契約の期間に関する事項

三 就業の場所に関する事項

四 始業及び就業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間に関する事項

五 賃金(臨時に支払われる賃金、賞与及び労働基準法施行規則(昭和22年厚生省令第23号)第8条各号に掲げる賃金を除く。)の額に関する事項

六 健康保険法(大正11年法律第70号)による健康保険、厚生年金保険法(昭和29年法律第115号)による厚生年金、労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号)による労働者災害補償保険及び雇用保険法(昭和49年法律第116号)による雇用保険の適用に関する事項

2 法第5条の3第3項の厚生労働省令で定める方法は、前項各号に掲げる事項(以下この項及び事項において「明示事項」という。)が明らかとなる次のいずれかの方法とする。ただし、職業紹介の実施について緊急の必要があるためあらかじめこれらの方法によることができない場合において、明示事項をあらかじめこれらの方法以外の方法により明示したときは、この限りでない。

一 書面の交付の方法

二 電子情報処理組織(書面交付者(明示事項を前項の方法により明示する場合において、書面の交付を行うべきものをいう。以下のこ号において同じ。)の使用に係る電子計算機と、書面被交付者(明示事項を前号の方法により明示する場合において、書面の交付をうけるべき者をいう。以下この号および次項において同じ。)の使用に係る電子計算機とを電気通信回路で接続した電子情報処理組織をいう。)を使用する方法のうち書面交付者の使用に係る電子計算機と書面被交付者の使用に係る電子計算機とを接続する電気通信回線を通じて送信し、書面被交付者の使用に係る電子計算機に備えられたファイルに記録する方法(書面被交付者がファイルへの記録を出力することによる書面を作成することができるものに限る。)によることを書面被交付者が希望した場合における当該方法

3 前項第2号の方法により行われた明示事項の明示は、書面交付者の使用に係る電子計算機に備えられたファイルに記録されたときに当該書面交付者に到達したものとみなす。

4 求人者は、公共職業安定所から求職者の紹介を受けたときは、当該公共職業安定所に、その者を採用したかどうかを及び採用しないときはその理由を、速やかに、通知するものとする。

※上記第2項の規定は、求人者等は原則労働条件を書面で求職労働者に交付すること(第1号)、また求職労働者が希望しかつプリントアウトできる環境であれば、求職労働者宛の電子メールでも明示できる(第2号)旨規定しています。

イ 労働基準法の労働条件明示規定

 労働基準法では、採用する労働者に採用時(労働契約締結時)に労働条件の明示を義務付けています。では、労働契約法第4条第2項は、書面による明示をなぜ努力義務としているのかが疑問です。それは、労働基準法の明示義務が労働契約の締結時に限られていて、求職者(求人への応募者で採用未決者)や採用後の労働者向けの労働条件の明示が労働基準法の対象外のため、パートタイム労働法の規定も踏まえつつ、労働契約法でこのように定めたものです。

さて、労働基準法の第15条を確認します。

労働基準法第15条 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。

労働基準法施行規則第5条 使用者が法第15条第1項前段の規定により労働者に対して明示しなければならない労働条件は、次に掲げるものとする、ただし、第1号の2に掲げる事項については期間の定めがある労働契約であって当該労働契約の期間終了後に当該労働契約を更新する場合があるものの締結の場合に限り、第4号の2から第11号までに掲げる事項については使用者がこれらに関する定めをしない場合においては、この限りではない。

一 労働契約の期間に関する事項

一の二 期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準に関する事項

一の三 就業の場所及び従事すべき業務に関する事項

二 始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて終業させる場合における就業転換に関する事項

三 賃金(退職手当及び第5号に規定する賃金を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払いの方法、賃金の締切及び支払いの時期並びに昇給に関する事項

四 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)

四の二 退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定。計算及び支払の方法並びに支払いの時期に関する事項

五 臨時に支払われる賃金(退職手当を除く。)賞与及び第8条各号に掲げる賃金並びに最低賃金額に関する事項

六 労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項

七 安全及び衛生に関する事項 

八 職業訓練に関する事項

九 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項

十 表彰及び制裁に関する事項

十一 休職に関する事項

2 法第15条第1項後段の厚生労働省令で定める事項は、前段第1号から第4号までに掲げる事項(昇給に関する事項を除く。)とする。

3 法第15条第1項後段の厚生労働省令で定める方法は、労働者に対する前項に規定する事項が明らかとなる書面の交付とする。

 さて、労働基準法で義務付けられている労働者の採用時(労働契約の締結時)の書面の交付は、労働契約の効力に影響しません。従って、労働条件の明示を行っていない使用者もママ見受けられます。ただし、労働条件の明示義務違反は、30万円以下の罰金刑が規定(労働基準法第120条)されています。労働条件を書面で交付する場合に、その様式は自由であり、また、就業規則の関係規定を明示してそれを交付する方法でも差し支えありません。なお、就業規則の法定された記載事項(絶対・相対記載事項)は、上記の明示事項と内容が似ています。

ウ パートタイム労働法における労働条件の明示

短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律第6条 事業主は、短時間労働者を雇い入れたときは、速やかに、当該短時間労働者に対して、労働条件に関する事項のうち労働基準法(昭和22年法律第49号)第15条第1項に規定する厚生労働省令で定める事項以外のものであって厚生労働省令で定めるもの(次項において「特定事項」という。)を文書の交付その他厚生労働省令で定る方法(次項において「文書の交付等」という。)により明示しなければならない。

2 事業主は、前項の規定に基づき特定事項を明示するときは、労働条件に関する事項のうち特定事項及び労働基準法第15条第1項に規定する厚生労働省令で定める事項以外のものについても、文書の交付等により明示するように努めるものとする。

 パートタイム労働者に関しては、就業規則を別途作成すること、短時間労働管理者を設置すること、労基法の明示項目の規定に加え「昇給の有無」「退職手当の有無」「賞与の有無」について書面で明示する義務(罰則有り)があり、その他の労働条件についても書面で明示するように努めなければならないことになっています。

○労働条件の明示に関する問題点

ア 法の不知

 使用者が、労働者の採用時に労働基準法等の規定に従い、労働条件の明示を行うべきことは、大部分の事業主は承知していると思います。しかしながら、アルバイト等の労働者への文書の不交付や知っていてあえて文書交付を行わない場合もあるかと思います。そもそも、求職労働者側からすれば、採用決定時に会社から労働契約書(又は労働条件通知書)や就業規則等の交付、或いは提示がない場合には、その会社の就業管理他の管理状況に不安を持つかと思います。たかが文書、されど文書です。同じ会社で、何十年も勤務していれば労働条件が度々変更されることが通常かと思います。どうせ変わるものなら、労働条件の書面交付は「無駄」という観点もありますが、そこは、まずもって法令遵守です。一時が万事、几帳面に法令を守ろうとする態度こそが、企業の社会的信用を構築します。更には、法令遵守により、リスク管理の観点からも会社の大怪我防止につながります。

イ 募集時の労働条件(職業安定法)と採用時の労働条件(労働基準法)

 募集時の労働条件に虚偽の内容を書き込み、採用時には別の労働条件を提示し、または求職者に承諾させるケースがあります。また、募集時の労働条件と全く異なる労働条件で就労させるケースがあります。裁判になる場合もありますが、判決はケース・バイ・ケースです。会社の信用で求職者は判断せざるを得ないわけですが、募集時と異なる労働条件で働かされては、すぐに辞めざるを得ない場合も起こります。求職者としては、一般的に募集時と採用時の労働条件は、別物であると考えておく必要があります。他方、求人者側は、良い人材が応募してくれば労働条件の詳細の説明は後回しにして、まずは応募者の入社の意思確認を行うべきと考えるかと思います。昨今、離職率の問題が社会問題化していますが、新卒者であろうが中高年の再就職者であろうが、会社との信頼関係がその会社で長く勤務するための必要条件です。決して、雇ってやってる、置いてやっている訳ではなく、双務契約たる労働契約関係に基づいて、互いに債務の履行(労働者は使用者の定める合理的な規則や指揮命令に従って労務を提供し、使用者は契約内容以上の賃金を支払います。)を行っているということが本質です。繰り返しですが、契約である上は「信義則が根本原理」である旨が労働契約法第3条に規定されています。

ウ 労働条件の明示に関する裁判事例

平成11年(ネ)1239 東京高裁 判決

事件の概要は、保険会社に中途入社した労働者が、求人広告の内容や会社説明会の内容等により、説明された給与の格付けより低い格付けであるとして、未払差額賃金、不法行為に基づく慰謝料、時間外手当の未払金等を請求したもの

判決の内容は、求人広告は直ちに労働条件の内容にならないとして請求を棄却、面接及び社内説明会において新卒同年次平均的給与と同等の待遇を受けることができるものと信じかねない説明をしたとして労働基準法第15条第1項違反を認定し、不法行為に基づく慰謝料等の支払いを命じたもの

 判決の理由は、内部的に既決の運用基準(中途採用者の格付け基準)を説明せず、新卒同年次定期採用者と同等の給与待遇を受けることができるものと信じさせかねない説明を行ったこと、控訴人(労働者)は入社時にその様に信じたものと認められること、ただし、新卒同年次採用者と同等の労働契約が成立したとは認められないこと、従って、労働契約上の債務不履行は使用者に発生せず、労働基準法第15条に規定される正しい労働条件の明示義務違反が認められるとしています。

 上記裁判例のポイントは、労働者が信じた条件の労働契約が成立したとは言えないとしていることです。また、入社時の労働条件が、不利益な労働条件に変更されて労働者が就労してしまい、そのまま数年以上経過してしまった場合には、その労働者がその労働条件を追認していたと判断されかねません。いずれにしても、労使ともに「信頼関係を重要視すべき」だと思います。

それでは、この続きは次回に・・・

第4条