労働契約法の復習 第6条

2015年04月12日 10:44

労働契約法第6条 労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。

○労働契約の成立メカニズムと問題点

 労働契約(雇用契約)の成立にまつわる問題

労働契約はどの時点で成立するか?労働契約の効力はいつ発生するか?については、以前の記事ですでに記述しました。そこで、労働契約の成立時点の様々な態様について、記述してみます。

ア 錯誤がある意思表示

 錯誤についての学説は、民法学の先生にお願いして、一般的に契約無効の主張ができることになっています。つまり、誤解して契約を締結した場合には、契約無効を主張できます。ただし、一旦契約して契約内容が一部でも行われてしまうと、「契約が初めから無かったことにしてくれ・・・」とは言いづらいものです。労働契約以外の契約場面でみてみると、個別の契約の種類ごとに、特定商取引に関する法律等により訪問販売等のクーリングオフ制度が設けられています。ただし、クーリングオフ制度については、消費者が契約内容を誤解していた場合に限らず、気が変わって契約する意志がなくなった場合も、契約後一定期間内であれば過去に遡って無効にできます。一方でこの点を労働契約についてみると、一旦始まった労働契約を無効にする(契約の始期前では、あり得ます。)ことは、困難ですから、契約を解除することとなります。※労働者は、使用者に提供し終わっている労務を返還してもらうことがで出来ませんし、労働保険や社会保険の被保険者としての地位の取り消し等についても困難です。また、労働契約の始期前であっても、裁判例は一般に労働者保護の観点から解雇(労働契約の解除)と判断しています。

 労働契約法第15条第2項において、「前項の規定によって明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。」と規定されており、労働者は無条件で辞職(労働者の一方的な意思表示で労働契約を解除すること)ができます。

 使用者側からみれば、例えば経歴を詐称して労働者が入社した場合に、使用者がその労働者を解雇することができることは、一般的に認められている労働契約の解除です。

 このように、労働契約について労働者及び使用者の合意時点で問題がある場合には、労働契約の有効性や契約の継続困難という問題を生じます。

イ 黙示の意思表示

 契約は、契約当事者の意思の合致で成立します。Aが大根を120円でBに売る旨をBに告げ、Bがその値段で買う旨をAに告げれば契約が成立しますが、この場合のA、B両者の売り買いの意思の相手への伝達を「意思表示」といいます。通常意思表示は、「言葉」や「文書の提示・交付・送付」等により明示することによって行われます。意思表示には、黙示の意思表示というものがあり、この場合には、契約締結の事実の有無が問題となります。大根の売買の例で言えば、Aが無人販売の小屋に大根を並べて「大根1本120円」と表示し、Bが通りかかって120円分の硬貨を所定の場所に入れて大根1本を持ち帰った場合には、Bは黙示的に売買契約に同意して大根を購入したことになります。

労働契約においても、黙示の契約締結が起こりえますので、あとあと契約の有効性の問題が生じることがまれにあります。この点を裁判例で確認してみます。

昭和54年(オ)580 最高裁第二小法廷判決 電電公社採用内定取り消し事件

裁判の概要は、採用通知書を送付した労働者からその承諾がなかったとして、採用を取り消したケースで、労働者が取り消し無効を求めたもの

判決の要旨は、採用通知書には具体的な採用日、配属先、採用職種等が記載されていたこと、採用通知の他には労働契約締結のために特段の意思表示をすることが予定されていなかったこと、上告人(労働者)が社員公募に応募したのは労働契約の申し込みであること、などから始期が昭和45年4月1日とする労働契約が成立したと解するのが相当である

判決の理由は、上告人労働者の正社員公募に対する応募は、労働契約の申し込みである、それに対する被上告人の採用通知の送付は、労働契約の申し込みに対する承諾に該当する、そのため採用通知書の送付時点(労働者に到着時点)で、労働契約が成立しているとしています。

ウ 募集時の労働条件と採用時の労働条件の相違(契約条件の変更)

 一般に、契約条件が折り合わず、契約の受諾予定者が別の契約条件を提示した場合には、契約上のメカニズムはどうなるでしょうか。Aが大根1本を120円で売る旨をBに提示し、Bが税込み100円ならばその大根を買おうとAに告げた場合です。この場合には、売買契約は未だ成立してないのは当然です。BがAに異なった契約条件を提示した場合、逆向きの契約申し込みということになります。つまり、Bがその大根を税込み100円ならば買うが、売りますか?とAに売買契約を申し込んでいます。この場合は、当然ですが、Aが承諾すれば売買契約が成立します。

 労働契約の場面では、労働者の募集はあくまで、「労働契約の申込者の勧誘」ですから、仮に入社(採用)が決まった場合でも、その内容は直ちに労働契約の内容とならないということが、過去の裁判例の内容です。問題は、労働条件(労働契約の内容)を求職労働者が認識していない場合でも、「労働者が使用者に使用されて労働し」「使用者が賃金を支払うこと」が合意されれば、労働契約が成立することです。そのため、労働基準法では一定の労働条件の明示を使用者に義務付け、労働者はその条件と異なる労働条件であった場合には、即時退職することを認めています。しかしながら、たとえば新卒者の例でいえば、次年度の他社の採用に応募しても既に新卒者として扱われず、使用者側は別の労働者を採用しなおせば済むわけですから、労働者が違う労働条件を受け入れてしまうケースも起こりえます。また、労働者からすれば、別の就職先に就職するまでの間の収入のすべてを、やめた職場で保障してくれるわけでもありません。

労働市場と言われて久しいですが、労働者は確かに市場に流通する商品かも知れませんが、せめて新卒者の若者に対しては、使用者(企業等)は誠実に対応して頂きたいと思います。それが、日本社会の美点であると思いますので・・・。


それでは、続きは次回に・・・

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