労働契約法の復習 第8条

2015年04月14日 10:40

労働契約法第8条 労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。

○契約変更とは何か?

 一般に、契約の変更とは、従前の契約を解除するとともに契約条件の異なる新たな契約を締結することに他なりません。売買契約の様に、契約当事者が債務履行を同時に行えば直ちに契約が履行されて完了する場合を除き、契約の効力が継続する場合においては、契約の解除または満了までの間は、同一の契約条件を契約当事者が遵守すべきことは当然です。一例では、不動産の賃貸契約があります。駐車場を月額7000円で地主から借りている場合に、地主が契約途中において月々の賃料を一方的に8500円に変更することは、もちろん出来ない訳です。ただし、月額7000円の賃料を地主が一方的に6500円に変更することは、借主の黙示の同意や追認を得られやすいものと思いますが、この場合でも借主が明確に契約変更に不同意の意思表示を貸主に行えば、契約変更は出来ません。

○労働条件の変更について

 契約の一般論は、前述の通りですが、労働契約の成立要件を振り返ってみると、労働契約法第6条で「労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意すること」のみによって成立しますから、賃金が時給950円から930円に使用者の一方的な宣言により変更されても、労働契約自体の効力を左右しません。しかし、過去においては、使用者側の労働条件の一方的な不利益変更について数多くの裁判で争われており、不利益変更が無効である若しくは、一定の手続きを経れば有効である等の判断がなされています。

 就業規則は、使用者が一方的に変更し得るものであり、その変更の届出の際に添付される労働者代表者等の意見は、就業規則の変更の効力を左右しません。

 もとより、労働契約は短期の臨時的な有期契約の場合を除き、労使ともに長期に渡り契約を継続することを前提にしています。ただ、労働基準法の有期契約の期間の上限(原則3年以下、例外5年以下)の設定は、むしろ、「長期労働契約による人身拘束弊害を排除するため(労働基準法上より引用)」に、上限が設定されているものです。

 労働契約法においては、労働基準法の概念とは逆に、使用者は「必要以上に短い期間を定めることにより、その有期労働契約を反復して更新することのないよう配慮しなければならない。」として、細切れの労働契約の反復継続をすべきないとしています。必要がないのに「雇い止めにより事実上の解雇を行える契約条件」を設定し、いざとなれば契約更新を行わない状況を排除すべきものとしています。これは、とりもなおさず、労働者の生活の安定を損なうからです。

○労働契約の変更時の裁判例

 それでは、労働条件の変更に際して、過去にどのような労使間の争いがあったのかを裁判例でみてみます。実は、過去のいくつかの裁判例が改正後の新労働契約法に反映されていますので、今後の条文解説の際に再度記述することになるかと思います。ところで、一般に労働条件の変更は就業規則の変更により、事業場全体(引いては企業全体)に適用する集団的労働条件の変更という形で行われます。法改正に伴い、若しくは経営状況の悪化に伴い、就業規則を変更することで適正な経営状況に変更しようと試みる事例が多く、理由を問わず不利益を被った労働者側の訴えで裁判が多く行われて来ました。

1 使用者の就業規則の変更が認められたケース

ア 大曲市農協事件 昭和60年(オ)104 最高裁小法廷判決

事件の概要は、農協の合併に伴い、退職金規程が変更され受け取る退職金が減額されたため、退職労働者が退職金規程変更の無効を訴え、退職金の差額支給を求めたもの

判決は、新規程への変更によって被上告人(退職労働者)らが被った不利益の程度、変更の必要性の高さ、その内容、及び関連するその他の労働条件の改善状況に照らすと、本件における新規程への変更は、それによって被上告人らが被った不利益を考慮しても、なお上告組合の労働関係においてその法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものといわなければならないとしています。

判決理由は、

a 新たな就業規則の作成又は変更によって、既存の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないと解すべきである

b 労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画期的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない

c 就業規則が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいうと解される

d 特に、賃金、退職金などの労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである

e 本件では、新規程への変更によって被上告人(退職労働者)らの退職金の支給倍率自体は低減されているものの、反面、被上告人らの給与額は、本件合併に伴う給与調整等により、合併の際延長された定年退職時までに通常の昇給分を超えて相当程度増額されているのであるから、実際の退職時の基本俸額に所定の支給率を乗じて算定される退職金額としては、支給倍率の減額による見かけほど低下しておらず、金銭的に評価しうる不利益は、本訴における被上告人らの前記各請求額よりもはるかに低額のものであることは明らかであり、新規程への変更によって被上告人らが被った実質的な不利益は、仮にあるとしても、決して原判決がいうほど大きなものではない

f 一般に、従業員の労働条件が異なる複数の農協、会社等が合併した場合に、労働条件の統一的画的処理の要請から、旧組織から引き継いだ従業員相互間の格差を是正し、単一の就業規則を作成、適用しなければならない必要性が高いことはいうまでもない

g 本件合併に際しても、右のような労働条件の格差是正措置をとることが不可欠の急務となり、その調整について折衝を重ねてきたにもかかわらず、合併期日までにそれを実現することができなかった事実がある

h 本件合併に際してその格差を是正しないまま放置するならば、合併後の上告組合に人事管理等の面で著しい支障が生ずることは見やすい道理である

以上のように、本件では、就業規則(退職金規程)の不利益変更を認め、労働者側の請求を認めませんでした。

イ 第四銀行事件 平成4年(オ)2122 最高裁第二小法廷判決

事件の概要は、法改正により定年延長(55歳から60歳)を行うにともない、従来58歳まで勤務すれば得られた筈の賃金を60歳まで勤務しなければ得られなくなる等の不利益を被ったとして、就業規則の不利益変更の効力を争ったもの

判決は、本件定年制導入に伴う就業規則の変更は、上告人(労働者)に対しても効力を生ずるとした

判決の理由は、

a 就業規則の不利益変更が合理的で有効とされる要件は、上記アのa~dの通り

b 加えて、合理性の判断基準としては、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである

c 定年延長に伴う人件費の増大、人事の停滞等を抑えることは経営上必要なことと言わざるを得ず、特に被上告人においては、中高年齢層行員の比率が地方銀行の平均よりも高く、今後更に高齢化が進み、役職不足も拡大する見通しである反面、経営効率及び収益力が十分とはいえない状況にあったというのであるから、従前の定年である55歳以降の賃金水準等を見直し、これを変更する必要性も高度なものであったということができる

d 円滑な定年延長の導入を抜本的に改めることとせず、従前の定年である55歳以降の労働条件のみを修正したことも、やむを得ないところといえる

e 従前の55歳以降の労働条件は既得の権利とまではいえない上、変更後の就業規則に基づく55歳以降の労働条件の内容は、55歳定年を60歳に延長した多くの地方銀行の例とほぼ同様の態様であって、その賃金水準も、他行の賃金水準や社会一般の賃金水準と比較して、かなり高いものである

f 定年が55歳から60歳まで延長されたことは、女子行員や健康上支障のある男子行員にとっては、明らかな労働条件の改善であり、健康上支障のない男子行員にとっても、58歳よりも2年定年が延長され、健康上多少問題が生じても、60歳まで安定した雇用が確保されるという利益は、決して小さいものではない

g 本件就業規則の変更は、行員の約90パーセントで組織されている組合との交渉、合意を経て労働協約を締結した上で行われたものであるあら、変更後の就業規則の内容は労使間の利益調整がされた結果としての合理的なものであると一応推測することができ、また、その内容が統一的かつ画一的に処理すべき労働条件に係るものであるこを考え合わせると、被上告人において就業規則による一体的な変更を図ることの必要性及び相当性を肯定することができる

2 就業規則の不利益変更が認められなかったケース

ア キョーイクソフト事件 平成14年(ネ)3909 東京高裁判決

事件の概要は、就業規則の変更に伴い、変更に同意しない労働者らが、賃金の差額分の支払いを求めたもの

判決は、代替措置が不十分であること、組合及び労働者(被控訴人)らとの交渉の経緯も会社が変更後の賃金規程を一方的に説明したものであること、本件の不利益を法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであると認められないこと、以上から会社の控訴を退けたもの

判決の理由は、

a 本件就業規則(賃金規程)改定は、賃金制度を年功序列型から業績重視型に改め、従業員間の賃金格差を是正することを目的としたものであり、その経営上の必要性があったことを否定することまではできない

b 本件改定の内容は、賃金を高年齢層から低年齢層に再配分するものであり、被上告人らを含む高年齢層にのみ不利益を強いるものとなっており、総賃金コストの削減を図ったものではない上、これにより被控訴人らの被る賃金面における不利益の程度は重大である

c 控訴人会社の未集金は回収不能であり、控訴人会社は経営危機にあったと主張するが、本件就業規則改定の内容は、いわば高年齢層の犠牲において賃金を高年齢層から低年齢層に再配分するものであり、総賃金コストの削減を図ったものではないこと

以上により、賃金規程の変更に合理性がないと判断され、会社側が敗訴した事件です。

イ 岡部製作所事件 平成17年(ワ)7960 東京地裁判決

事件の概要は、営業開発部長に対する賃金減額の正当性他が争われた事件

判決は、会社が賃金減額について問責に対する法的あるいは就業規則等の規定上の根拠を示してしないこと、経営状況を理由とする場合も、経営上必要であったこと及び原告を除く他の従業員全員が同意・了承してたとするのみで、その同意・了承も証拠上確認のすべが示されていないことから、減額前賃金との差額の支払いを命じた

判決の理由は、

a 平成14年10月25日支給分である同年10月分の給与以降、被告が減額支給した原告の給与は、いずれも原告の同意なしに減額支給されていることが認められる

b 減額理由としては、業務上の問責を理由とするが被告による原告の給与に対する減額の法的あるいは就業規則などの規定上の根拠が示されていないものといわなければならない

c 被告の青梅工場の経営状況を理由とした場合にも、原告の給与減額は会社である被告との労働契約内容の変更であるから被告が一方的に労働条件を変更することのできる根拠が示されなければらないこと

※労働者の明確な承諾があれば、就業規則や労働協約の規定の範囲内で個別労働者の賃金の減額が可能です。また、この点は十分に注意深く判断する必要がありますが、労働者の明白な意思表示(賃金の受領放棄)があれば、民事上の賃金不払いは免責されます。

d 原告以外の全員が減額について同意・了承していたとするが、その点の証拠上の確認のすべが示されておらず、仮にそうだとしても、原告以外の全員が同意・了承することで、法的に有効な原告の賃金減額ができる訳ではないこと

 ※就業規則の合理的な変更や過半数労働者との労使協定、若しくは労働協約といった、集団的な労働条件変更法理による一般的拘束力には当たらないと判断しています。

ウ みちのく銀行事件 平成8年(オ)1677 最高裁第一小法廷判決

事件の概要は、就業規則(給与規定及び役職制度運用規程)の変更により、55歳以上の管理職及監督職階にあった労働者が、新設の専任職への辞令の無効と、従前の地位で計算した賃金額との差額の支払いを求めたもの

判決は、諸事情を勘案しても、就業規則の変更に同意しない上告人ら(労働者)に対し、これを法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な理由がなく、本件就業規則の変更の内、賃金減額の効果を有する部分は、上告人らにその効力を及ぼすことができないとしています

判決の理由は、

a 変更後の就業規則により、行員の分類に専任職行員を、職階に専任職階を加え、専任職階の役職として参事、副参事及び主査を新設する、55歳以上の行員の基本給を55歳到達直前の額で凍結する、55歳に到達した管理職階の者は、原則として専任職階とする、専任職階の賃金は発令直前の基本給に諸手当(管理職手当及び役職手当を除き、専任職手当を加える。)を加えたものとするなどという専任職制度の創設を提案し、従組に対しても同様の提案をした

b 労組は前記提案を応諾し、従組は反対の立場を維持したままで、銀行は従組の同意がないまま、本件就業規則の変更を行ったが、変更後の役職制度運用規程によれば、専任職階とは、「所属長が指示する特定の業務又は専任的業務を遂行することを主要業務内容とする職位」とされていた

c 企業においては、社会情勢や当該企業を取り巻く経営環境等の変化に伴い、企業体質の改善や経営の一層の効率化、合理化をする必要に迫られ、その結果、賃金の低下を含む労働条件の変更をせざるを得ない事態となることがあることはいうまでもなく、そのような就業規則の変更も、やむを得ない合理的なものとしてその効力を認めるべきときもあり得るところである

d 特に、当該企業の存在自体が危ぶまれたり、経営危機による雇用調整が予想されるなどといった状況にあるときは、労働条件の変更による人件費抑制の要請が極度に高いうえ、労働者の被る不利益という観点からみても、失業したときのことを思えばなお受忍すべきものと判断せざるを得ないことがある

e 本件では、本件就業規則等変更を行う経営上の高度の必要性が認められるとはいっても、賃金体系の変更は、中堅層の労働条件の改善をする代わり55歳以降の賃金水準を大幅に引き下げたものであって、差し迫った必要性に基づく総賃金コストの大幅な削減を図ったものなどではない

f 本件就業規則等変更は、それによる賃金に対する影響の面からみれば、上告人ら(労働者)のような高年齢の行員に対しては、専ら大きな不利益のみを与えるものであって、他の諸事情を勘案しても、変更に同意しない上告人らに対しこれを法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということはできない

g 従って、本件就業規則等変更のうち賃金減額の効果を有する部分は、上告人らにその効力を及ぼすことができない

※就業規則の改定規定は有効であるが、改定部分のうち上告人らの賃金減額の部分のみ、無効であるとしています。つまり、就業規則改定が有利にはたらく行員も存在するため、このような判断となったと思われます。

それでは、続きはまた次回に・・・

第8条