労働時間とは何か?
労働時間についての考察
労働基準法第32条 使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。
2 使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。
○特例措置対象事業場
労働基準法第32条の例外規定は変形労働時間制等を含め数多く存在しますが、1週44時間の特例事業はその中の一つです。
労働基準法第40条 別表第一第一号から第三号まで、第六号及び第七号に掲げる事業以外の事業で、公衆の不便を避けるために必要なものでその他特殊の必要あるものについては、その必要避くべからざる限度で、第三十二条から三十二条の五までの労働時間及び第三十四条の休憩に関する規定について、厚生労働省令で別段の定めをすることができる。
2 前項の規定による別段の定めは、この法律で定める基準に近いものであって、労働者の健康及び福祉を害しないものでなければならない。
労働基準法施行規則第25条の2 使用者は、法別表第一第八号、第十号(映画の制作の事業を除く。)、第十三号及び第十四号に掲げる事業のうち常時十人未満の労働者を使用する者については、法第三十ニ条の規定にかかわらず、一週間について四十四時間、一日について八時間まで労働させることができる。
労働基準法別表第一
第八号 物品の販売、配給、保管若しくは賃貸又は理容の事業
第十号 (映画の製作=除外)又は映写、演劇その他の興業の事業
第十三号 病者又は虚弱者の治療、看護その他の保険衛生の事業
第十四号 旅館、料理店、飲食店、接客又は娯楽場の事業
以上の様に、現在も常時10人未満の労働者を使用する比較的小規模の事業場については、1週44時間を法定労働時間とする特例事業が存在します。
○労働時間とは何か?
戦前の労働基準法施行前においては、商店他の丁稚奉公(小僧奉公)が存在しました。この丁稚奉公においては、ほぼ無給(無賃金)の報償が薄い条件で労働義務が課され、代わりに仕事の伝授及び現物給付としての食事の提供・衣住の提供があるのみであり、身柄拘束の性格が強かったとされています。この丁稚奉公においても丁稚は労働者であり労務の提供がその債務でした。ただし、丁稚は24時間・365日丁稚であり、いつでも主人や先輩(上司)の手代・番頭の指示で労務の提供義務を負っていたと言えます。民法の規定には、現在でもこの丁稚奉公を想定したものが存在します。
民法第626条 雇用の期間が5年を超え、又は雇用の期間が当事者の一方又は第三者の終身の間継続すべきときは、当事者の一方は、5年を経過した後、いつでも契約の解除をすることができる。ただし、この期間は、商工業の見習いを目的とする雇用については、10年とする。※現行民法の規定です。この規定は、特別法の労働基準法の規定(第14条)により打ち消されますので、採用できないこととなります。
現在の労働者に立ち返ってみると、労働者は労働契約の範囲内で使用者の指揮命令に従った労務の提供義務が課され、その意味でのみ身体(労務の提供としての思考を含めると心身と言えます。)を拘束されています。そうすると、労働時間とは「労働者が、労働契約の定めるところにより使用者の明示・黙示の指揮命令に従い労務の提供を行っている時間のこと」と定義できます。
○労働時間をめぐる問題
今回も「労働基準法の研究」を元に、労働時間をめぐる問題点を考察します。
1.労働基準法第32条の解釈
ア 一週40時間(又は44時間)の労働時間の限度とは何か?
1週間の定義は、何度か述べているとおり、就業規則に規定があればその7日間(毎週月曜日から土曜日までの7日間等)、就業規則に規定が無ければ暦週(毎週日曜日から土曜日までの7日間)を言います。そして、日付をまたぐ労働の場合には、始業時刻が属する日の一の労働時間とされますから、夜勤等の場合には前日の労働日の継続する一の労働時間とされます。そこで、例えば暦週を1週間としている事業場では、土曜日の夜勤者の勤務は勤務開始日の属する週の労働として算定されます。法定時間外労働の有無の判断についてはここでは避けますが、簡単に言えば1週40時間(又は44時間)を超えた場合に法定時間外労働と判断されます。この場合、1週間の各日の実労働時間が8時間以下であっても、1週の実労働時間が40時間(又は44時間)を超えた場合に法定時間外労働として取り扱われることに留意が必要です。ただし、法定休日労働に法定時間外労働の概念はありませんから、法定休日に労働した場合にはすべて法定休日労働(又は法定休日深夜労働)として取り扱われます。
イ 1日8時間の法定労働時間の限度とは何か?
1日の労働時間は、「実労働時間主義」により判断されます。従って、労働契約上(就業規則上)で休憩時間等とされていても、事実上労働していれば「労働時間として取扱い」その日の労働時間を算定する必要があります。そして、1日の実労働時間を積算した結果が本条第2項においては8時間を超えてはならないとされています。
ウ 賃金計算期間と労働基準法第32条の規定との関係
労働基準法第15条及び第89条に規定される賃金計算期間は、月給制であれば「毎月初日から月末まで」又は「前月の21日から当月の20まで」若しくは「前月16日から当月15日まで」などと通常規定されています。そこで、両者の関係上、この賃金計算期間は労基法第32条でいう1週の概念と一致していません。
そのため、その両者の関係をどのように考えるかといいますと、1日の労働時間をどの期間に含めるのかを判断する場合には始業日が属する日の賃金計算期間に算入しますし、1週の時間外労働時間をどの賃金計算期間に含めるのかについては、1週の末日が属する賃金計算期間に1週の法定時間外労働時間分を算入すればよいこととなります。
これは、非常に難解ですが例えば次のように考えることになっています。
事例:賃金計算期間=暦月、1週=暦週、特例に非該当事業場、変形労働時間制等の導入なしの場合
平成27年 4月 5月
日付 26(日)27(月)28(火)29(水)30(木)1(金)2(土)
労働時間 休日 8h 9h 8h 9h 8h 8h 1週計(50h)
8時間超 4/26 0h , 4/27 0h, 4/28 1h, 4/29 0h, 4/30 1h, 5/1 0h , 5/2 0h
ここで、法定時間外労働は①「1日8時間を超える労働時間」及び②「1週40時間を超える労働時間」が法定時間外労働時間(①と②で重複する部分を除く)ですから、上記の場合は、
4月28日分の1時間及び4月30日分の1時間=合計2時間の法定時間外労働として、4月1日~4月25日の法定時間外労働分に加算します。そして、1週40時間を超える労働時間分として8時間(=※(50時間ー40時間)-2時間)を5月分の法定時間外労働として算入します。
※1週間の総労働時間50時間から1週の法定労働時間40時間を差し引き、既に法定時間外労働として4月分に算入している2時間(4月28日分と4月30日分の合計2時間)を差し引いて算定します。
変形労働時間制等を採用していない事業場の場合、以上が労働基準法第32条の正しい解釈となります。これを例えば1ヶ月単位の変形労働時間制の様に、月を跨いだ分の法定時間外労働分(5月2日(土)の就労分8時間)を法定時間外労働ではなく法定内労働時間として扱い、無視してしまうケースが殆どかと思います。繰り返しになりますが、フレックスタイム制や1ヶ月単位の変形労働時間制等でない限り、事例の5月2日労働時間分(8時間)を法定時間外労働分として5月分に必ず算入する必要があります。一般的になじみが薄い解釈ですが、この点も「労働時間」の考察として何度でも記述すべきと考えていたため、今般項目に加えました。
※フレックスタイム制においては精算期間内で又1ヶ月変形においては1ヶ月以内の特定の期間内で、それぞれ1日及び1週の法定時間外労働分をその都度その期間内で精算する仕組みになっています。ただし、事務を簡単にするために賃金計算期間の起算日と期間、精算期間等の起算日と期間の両者を一致させておくほうが好ましいです。
エ 労働基準法第32条と第36条の関係
労働基準法第32条は、第1項第2項とも「(法定労働時間を)超えて、労働させてはならない」としています。労働させてはならないのですから、労働させた場合には罰則が設けられています。勿論、36条等の手続きを経た場合には、免責されます。
罰則は、労働基準法第119条に規定があり、第32条違反は「六箇月以下の懲役または三十万円以下の罰金」に処するとされています。
そして、一般的には労働基準法第36条に規定がある協定(いわゆる36協定)を締結し、かつ協定届に記入して、労働基準監督署に届出を行います。この36協定届は、法定の様式を使用する必要があり、かつ労働基準法第36条の効力発生要件になります。この36協定の届出により、労基法第32条、第32条の2、第32条の3、第32条の4、第32条の5、第40条の免責効果が生じます。ただし、労働者に法定時間外労働(所定時間外労働を含め)を命じて応諾義務を課す為には、就業規則他にその旨を規定しておく必要があります。この点は、法定休日労働(法定外休日労働を含む)の場合の手続きと同様です。
オ 労働基準法第32条の例外
特例措置対象事業場が第32条の例外として1週44時間を法定労働時間とされていることは既に述べました。そこで、その他の1日8時間及び1週40時間の法定労働時間の例外を記述します。
労基法第32条の2(1ヶ月単位の変形労働時間制※厳密には1ヶ月以内の一定の期間)、第32条の3(フレックスタイム制※1ヶ月以内の期間に限る)、第32条の4(1年単位の変形労働時間制※厳密には1ヶ月を超え1年未満の期間)、第32条の5(1週間単位の変形労働時間制)、第38条の2(事業場外みなし労働時間)、第38条の3(専門業務型裁量労働制)、第38条の4(企画業務型裁量労働制)、第60条(年少者の労働時間)、第33条(臨時の時間外労働)、第41条(農業・管理監督者・監視断続労働の労働時間・休憩・休日の適用除外)他については、労働基準法第32条の1日8時間及び1週40時間の法定労働時間の例外となります。
○使用者の労働時間の把握義務
使用者は、適正な賃金を支払う義務があり、また長時間労働を防止し労働者の安全衛生管理を行う観点から、個々の労働者の日々の労働時間を適正に把握・管理する義務を負っていると解されています。労働時間の適正な把握についての厚生労働省作成のリーフレットがありますので、ご参考にして頂ければ幸いです。
○労働時間に関する争議の実情(裁判例)
労働時間に該当しない時間は、毎回、前回の終業後から始業前まで(形式的な始業時刻前ではなく、事実上の労働開始時刻前のこと。終業後も同様。休日・休暇日を含む。)及び労働日の休憩時間が労働時間に当たらない時間です。従って、それ以外はすべて労働時間となります。
ア 昭和63年(ワ)2520 大阪地裁判決 判決文抜粋 タイムカード記載の時刻による労働時間の把握
一般に、会社においては従業員の出社・退社時刻と就労開始、終了時刻は峻別され、タイムカードの記載は出社・退社時刻を明らかにするにすぎないため、会社は会社はタイムカードを従業員の遅刻・欠勤等をチェックする趣旨で設置していると考えられる。
前記認定のとおり、原告らは出社・退社時にタイムカードに時刻を打刻・記載しており、上司のチェックも形式的なものにすぎないのであって、被告におけるタイムカードも従業員の遅刻・欠勤を知る趣旨で設置されているものであり、従業員の労働時間を算定するために設置されたものではないと認められる。
さらに前記認定事実によれば、原告らの業務は外勤が主であり、いわゆる直行・直帰を約4.6日に1日の割合で行っており、旧規則22条所定の「労働時間を算定し難い場合」に該当するか否かはさておき、そもそも労働時間を算定しにくい業務であると認められるうえ、原告らの直行・直帰の場合のタイム・カードの記載方法は統一されていなかったことが認められるから、特に直行・直帰の場合、同カードに打刻・記載された時刻をもって原告らの就労の始期・終期と認めることは、およそできないというべきである。以上によれば、原告らの労働時間はタイムカードに打刻・記載された時刻によって確定できないと判断される。
イ 平成19(ネ)5220 東京高裁判決 判決文抜粋 住み込みの労働時間
1審原告らのうち1名は、日曜日及び祝日については、管理員室の証明の点消灯、ごみ置場の扉の開閉その他本件会社が明示又は黙示に指示したと認められる業務に従事した時間に限り、休日労働又は時間外労働をしたものというべきところ、前記認定事実及び弁論の全趣旨によると、1審原告らは、日曜日及び祝日においても、管理室に居住していることから、管理員室の証明の点消灯、ごみ置場の扉の開閉以外にも、受付業務等による住民との対応、宅配物の受取り、交付、駐車の指示、自転車置き場の整理等をすることが多く(ただし、休日に行われたリサイクル用ごみの整理については、前示のとおり、これを休日の時間外労働と評価することはできない。)、これについては、管理日報を作成して本件会社に報告していたが、本件会社から制止されることはなかったのであり、かつ、これらの業務の遂行が本件マンションの住民の利益にもなっていたものと認められるから、これらの業務の遂行についても、本件会社からの黙示の指示があったものとして1審原告からは時間外労働をしたものというべきである。
労働時間に該当するか否かについては、使用者の指揮命令に基づいた労務の提供か否か等を根拠に個別具体的に判断されています。労働時間の把握が困難な業務や労働時間に該当するか否か判別し難い時間帯があり得るかと思います。固定時間外手当制の賃金制度(1日2時間時間外労働を行っているとみなして固定手当を支給する賃金制度です。ただし、実労働時間がその2時間を超えた場合には、法定以上の割り増し賃金の支払義務が生じます。)等を導入することで、実態との整合性を図ることを推奨いたします。
以上で、労働時間の問題を終了します。法定時間外労働の計算や変形労働時間制等及び時間外労働分の代替休暇の制度など、難解な問題が数多くありますが、今回は記述を省略します。
次回は、年少者等の問題について記述します。
労働時間