労働契約法の復習 第3条
労働契約法第3条 労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする。
2 労働契約は労働者及び使用者が、就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。
3 労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。
4 労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義の従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。
5 労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。
○第3条の趣旨
従来、民法上の概念が社会一般常識として認知されており、雇用或いは雇入れという言葉が用いられてきました。すなわち、雇うとは「賃金を払って人や車馬を使う」という意味です。このことから、本来契約であるにも関わらず、雇用契約の申し込みは一方的に使用者側が行い、被雇用者側は常にその申し込みに対して、盲目的に承諾する立場に置かれていました。また場合によっては、雇用者の知人等を介して被用者側が雇用契約の申し込みを行い、雇用者に「使ってやる」旨の承諾を得る場合もあります。この場合は、雇用者が設定した労働条件を無条件に受け入れることが被用者側の前提条件となります。
上記の雇用の一般常識を現在の状況に置き換えて考察しますと、次のようになります。
①労働契約の申し込み希望者を公募する。その際には、一定の労働条件を提示することが必要となる。※職業安定法第5条の3において、一定の求人者に労働条件の明示を義務付けています。この場合の「労働条件の明示」は、労働基準法第15条の労働条件の明示とは、趣旨が異なります。
②労働契約の締結希望労働者が募集している使用者に対し、規定の書面を添付して申し込みを行う。
③応募を受けた使用者は、その労働者の労働契約の申し込みの承諾を行うか否かを審査し、申し込んだ労働者にその可否を意思表示する。契約の承諾の際には、書類選考・入社試験・1次面接・2次面接等の手続きを経て、結果を決定する。
➃契約申し込みの承諾(採用通知等の送付)の連絡を受けた労働者は、採用した使用者の指示に従い将来、指定された事業所に指定日時に出勤することとなる。締結された労働契約は通常「始期」及び「終期」付きの労働契約となるが、この始期とは入社日のことであり、終期とは定年退職日のことである。他方、有期労働契約場合には、契約開始日及び契約満了日が労働契約の条件に含まれることとなる。※実際に採用する場合には、使用者は労働基準法第15条に規定される労働条件の明示を書面の交付を以て行う義務があります。
現在では、一般に①~➃の手続きを経て労働契約の締結と契約の履行がなされています。この場合、契約途中の契約条件(労働条件)の変更や使用者側の一方的な契約の打ち切り(解雇)や労働者の契約不履行(債務不履行)等にも法律等の制限が存在します。
つまり、労働契約の締結に当たっては、労働条件の労使相互の十分な理解・納得の上に契約を締結することが、あるべき姿とされています。
○雇用契約の時代から労働契約の時代へ
さて、今現在も少なからずそのような認識が存在しますが、雇用契約の時代(私の造語です。)においては、採用の決定は一方的に雇用者が判断すること(雇ってやる)、個々の被用者の労働条件の決定及び変更は使用者が一方的に行うこと、雇用関係の終了も雇用者が一方的に決定すること(暇を出す、首にする、やめさせる、解雇する等)等が特徴として挙げられます。
労働契約法第3条は、あるべき労働契約の締結の姿及びあるべき労働条件の変更時の姿、さらには労使双方のあるべき労働契約の履行の姿の原則を規定しています。
○労働契約法第3条の項別考察
ア 第1項 労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする。
さて、前述の通りに使用者(雇用者)と労働者(被用者)の間には、今現在も大きな力の差が存在します。これは、経済原理と大きく関係があります。よく例えられますが、使用者(企業等)は買い手、労働者(求職者)は売り手であり、通常は買い手の要望人数よりも売り手の総数が上回ります。そのため、売り手の労働者は何とか買ってもらおうと努力し、買い手の使用者(企業・求人者)は、より厳選して良い人材のみを採用しようと努力します。従って、そもそも対等な立場には契約当事者である使用者と労働者はないわけです。また、契約の一般原則である合意の原則は、労働契約においても契約の効力発生の前提条件ですが、問題は「合意の中身」にあると思います。入ってみたら、採用面接時の話と全然違っていた・・・といった事例はママあり得ることと思います。
ところで、使用者側の一方的な労働契約の不利益変更は、法令の規定により無効となることが原則ですが、場合により労働条件の不利益変更をなかば強制的に追認させられたり、退職を選択せざるを得ない状況に追い込まれることも、しばしば起こり得ます。
本条第1項は、労働市場の実情と民法の一般原則の乖離に鑑み、労働契約の締結とその変更に当たっては、契約当事者たる労使の合意がその効力発生の要件であることを再確認した条文です。
イ 第2項 労働契約は、労働者及び使用者が、就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。
第2項は、いわゆる「均衡考慮の原則」の規定です。さて、ここでいう「均衡とは何か」が重大な問題となります。まずは、ILO条約第100号における、男女間の同一労働同一賃金の原則が一般に知られています。これは、労働基準法第4条で具現化され、厳しい罰則の規定も設けられています。次に、同法第3条においては、「国籍、信条、社会的身分」により、労働条件を差別することを禁止しています。以上の二点は、労働基準法に以前から規定されており、一般常識として知られていると思いますので、本項でわざわざ規定したとは考えにくいと思います。
それでは、ここでいう「均衡考慮」は、主に何を意味しているのかと言いますと、もちろん「同一労働同一賃金の原則」を指しています。欧米では、以前からこの原則が用いられてきましたが、国内では「雇用形態により賃金が異なる」ことがむしろ一般的でした。そのため、同じ仕事をしているのに、正社員とパート・アルバイト・契約社員等とでは賃金単価が大きく異なっていることが通常です。
平成5年施行のパートタイム労働法(短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律)第8条において、正社員とパート労働者等の差別扱い禁止規定が設けられました。さて、この規定の実質的な意味合いですが、同法の第8条には罰則規定が設けられておらず、使用者に刑事罰を科すことはできません。ただし、この規定に従わない使用者は、民法上の不法行為(同法第709条)に該当しますから、労働者の訴えにより損害賠償請求の対象となります。
ウ 第3項 労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。
本条第3項は、いわゆるワークライフバランスの規定です。このワークライフバランスは、内閣府が推し進めている施策であり、両立支援や男性の育児休業取得の推進等々、かなりハードルが高い内容となっています。
日本の高度成長期には、労働者は仕事中心であり、家庭は専業主婦の配偶者に任せきりの状況が多くみられました。ところが、近時生活コストの上昇により、共働きでなければ「子育て」「持ち家の購入やローンの支払い」「両親の介護」等々に対応できない時代となりました。つまり、夫婦の片方が熱心に仕事に集中し、他方が家庭を維持する家族モデルは崩壊し、すでに過去のものとなっています。従って、ワークライフバランスへの配慮とは、企業等(使用者、雇用主)が最も重要視すべき項目となっています。この視点が欠けてしまうと、離職率の高騰を招き、常に新規採用と新規従業員の教育コストを掛け続けることになりますし、企業等の社会的信用も定着・向上しません。
エ 第4項 労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。
いわゆる「信義則」の規定です。信義則は、契約の前提条件となる大原則であり、民法に規定があります。具体的には、民法第1条第2項「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。」とされています。この民法の信義則は、もともとは金の貸し借りの際に、借りた側が約束通りに返さない場合について規定されましたが、初めから約束(契約)を守るつもりがないような人が数多く存在すれば、契約そのものが社会的に成り立たなくなってしまいます。そのため改正民法第1条に規定されています。労働契約法においても、使用者が就業規則や労働契約の内容を無視して労働者を働かせたり、労働契約上の労務の提供義務を無視して遅刻・欠勤等を繰り返す労働者は、労働契約の維持の問題を生じさせます。
労働基準法の第2条第2項においても、「労働者及び使用者は、労働協約、就業規則及び労働契約を遵守し、誠実に各々その義務を履行しなければならない。」と規定されています。
ウ 第5項 労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。
権利濫用禁止の規定です。これも民法第1条第3項に規定があり、「権利の濫用は、これを許さない。」としています。労働契約の場面では、とくに「解雇権濫用法理」が有名です。以前も裁判例を紹介しましたが、今回も簡単に裁判例を記載します。
①解雇権の濫用裁判例
平成14年(ヨ)469 名古屋地裁判決
裁判の概要は、化粧品や医薬品、医薬部外品等の製造、販売等を行っている日本オリーブが、従業員を成績不良等を理由として解雇したところ、解雇権の濫用による解雇無効として労働契約上の権利を求めたもの
判決は、営業努力の不足とは言えないこと、就業規則の解雇自由に該当しているとは言えないこと等を挙げて、会社の解雇権の濫用を認め債権者(労働者)の主張を一部認めた
さて、法律上の解説は、就業規則や労働契約法の解雇の項目で詳細に行うとしまして、今回は解雇の簡単な仕組みを記述します。
a 使用者は労働者を解雇できるのか?
結論は、無期労働契約の場合は条件が整えば解雇できます(民法627条)が、有期労働契約の途中解雇(民法628条、労働契約法第17条)は原則できません。有期労働契約の場合の途中解雇は「やむを得ない場合に限り」できるとされていますが、このやむを得ない事由は会社の解散等の極めて限定的な事由に限られるとされています。ただし、無期労働契約であっても労働基準法に解雇制限の規定(同法第19条第1項)がありますので、該当すれば解雇できません。
b それでは、解雇できる場合はどんな場合か?
労働契約法をみますと、「客観的に合理的な理由があり」「社会通念上相当であると認められる場合」に解雇できるとされています。具体的には、犯罪を犯した等の理由で就業規則の懲戒解雇事由に相当する場合、病気療養のため就労することが出来ずに所定の休職期間も終了した場合(※ただし就業規則の規定内容に左右されます。)、業務災害で長期療養していたが打切解雇する場合、会社の業績不振により事業所を閉鎖する場合で整理解雇の4要件を満たしている場合等です。これらの場合には、解雇権濫用には当たりません。
c 懲戒解雇と解雇予告
懲戒解雇の場合であっても、当然には解雇予告制度の除外とはなりません。労働基準法第20条第3項の規定により、管轄の労働基準監督署の解雇予告除外認定(2週間程度)が必要になります。
それでは、続きはまた次回に・・・
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