労働者に賠償を求めること(一部禁止)

2015年06月01日 10:17

労働者に賠償を求めること

1.労働基準法第16条(賠償予定の禁止)

 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

自著「労働基準法の研究」第16条

労基法第16条の趣旨
 「労働契約の期間の途中において労働者が転職したり、帰郷する等労働契約の不履行や労働者の不法行為に対して一定額の損害賠償を支払うことを労働者本人又はその身元保証人と約束する慣行が従来我が国にみられたが、こうした制度は、ともすると労働の強制にわたり、あるいは労働者の事由意思を不当に拘束し、労働者を使用者に隷属せしめることとなるので、本条は、こうした違約金制度や損害賠償予定の制度を禁止し、労働者が違約金又は賠償予定額を支払わされることをおそれて心ならずも労働関係の継続を強いられること等を防止しようとするものである。」とされています。

・賠償予定の禁止の意味(通達 昭和22年9月13日 基発第17号)
 「本条は、金額を予定することを禁止するのであって、現実に生じた損害について賠償を請求することを禁止する趣旨ではないこと。」とされています。つまり、労働者の重大な過失や故意により顧客や第三者に損害を与えた場合には、使用者は賠償責任を免れませんが、一旦賠償した価額について全部又は一部を労働者に請求することができます。

参考:民法(使用者等の責任) 
第七百十五条  ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。 
2  使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。 
3  前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。

・違約金の内容
 違約金とは、「労働契約に基づく労働義務を労働者が履行しない場合に労働者本人若しくは親権者又は身元保証人の義務として課せられるものであり、労働義務不履行があれば、それによる損害賠償に有無にかかわらず、使用者は約定の違約金を取り立てることができる旨を定めたものである。」とされています。

(賠償額の予定) 
第四百二十条  当事者は、債務の不履行について損害賠償の額を予定することができる。この場合において、裁判所は、その額を増減することができない。 
2  賠償額の予定は、履行の請求又は解除権の行使を妨げない。 
3  違約金は、賠償額の予定と推定する。 

※違約金が交付されている場合、当事者は損害の発生と損害額の立証をせずに損害賠償を請求することができ、また、裁判所は原則として、その額を増減することができないとされています。

・判例4:野村證券(留学費用返還請求)事件 2002年4月16日 東京地 判決 (続き)
 他方、脱退原告の留学生選定においては勤務成績も考慮すること、脱退原告は被告に対し留学地域としてフランス語圏を指定し、ビジネス・スクールを中心として受験を勧め、それにはフランス語圏が重要な地域であること等、中長期的に基幹的な部署に配置することのできる人材を養成するという会社の方針があることが認められる。しかし、これらは派遣要綱1条の目的に従ったものと見ることができ、あくまでも将来の人材育成という範囲を出ず、そうであれば業務との関連性は抽象的、間接的なものに止まるといえる。したがって、本件留学は業務とは直接の関連性がなく労働者個人の一般的な能力を高め個人の利益となる性質を有するものといえる。
 その他、費用債務免除までの期間などを考慮すると、本件合意は脱退原告から被告に対する貸付たる実質を有し、被告の自由意思を不当に拘束し労働関係の継続を強要するものではなく、労働基準法16条に違反しないといえる。

※「本件留学は業務とは直接の関連性がなく労働者個人の一般的な能力を高め個人の利益となる性質を有するもの」である。また、「本件合意は脱退原告から被告に対する貸付たる実質を有し、被告の自由意思を不当に拘束し労働関係の継続を強要するものではなく」労基法第16条に違反しないとされます。

・判例5:新協運送事件 1999年2月17日 大阪地 判決
 本件債務負担の合意は、使用者が労働者に対してあらかじめ損害賠償を予定するものであって、労働基準法一六条所定の賠償予定の禁止に抵触すると解する余地がないではないが、右賠償予定の禁止は、現実の損害の発生いかんにかかわらず、一定金額の支払を損害発生前にあらかじめ定めることを禁止する趣旨にとどまり、使用者が労働者に対して現実に発生した損害の賠償を請求することを禁止するものではないところ、本件債務負担の合意は、現実の損害の発生を要件とし、しかも賠償額の上限を現実の損害額とし、事故態様によっては賠償額の上限を三万円に限定するものであるから、右規定に反するものではないというべきである。
 
※労基法第16条の規定の意味と比較してみます。
 労基法第16条の禁止することろは、「損害賠償の予定」であり、それは「債務不履行の場合に賠償すべき損害額を実害の如何にかかわらず一定の金額として定めておくこと」とされます。以下、「損害賠償の予定の契約があれば、債権者は債務不履行の事実さえ証明すれば損害の発生又はその損害額を証明しなくても予定額を請求することができるのであって、債務者は実際の損害額が少ないことを挙証して減額を請求することができないのみならず、実際の損害が絶無であることを挙証しても賠償責任を免れることができず、一方、債権者においても実際の損害額がもっと多額であることを挙証しても増額請求をすることができない。」とされます。

※損害賠償の予定とは、「もし,契約違反があった場合には、損害賠償額は50万円とする。」という合意をした場合、損害賠償として請求できる金額は50万円ということになります。請求者にとって見れば,損害額を立証する必要がない利点と、実際の損害がこれを上回る場合でも,50万円を上回る請求ができない、というリスクがあります。請求される側からすれば,請求される損害額の上限を決めておける(万が一のことがあっても,50万円を超えては請求されない。)という側面があります。
 また、損害賠償の予定額は,このように定額で決めることもできますし,「契約金額の○%とする。」というように損害額を計算する計算式でも表示することが可能とされます。

 ※民法の規定により、一般的には違約金等の損害賠償の予定ができます。

 そこで、法違反となる労働契約に付随する「損害賠償の予定」の例を考えてみます。労働者にとっての債務不履行とは、正確な量・質を有する労務の提供不能ですから、たとえば、「労働者であるトラック運転手が荷主から預かった貨物を運搬中に毀損してしまった。」であるとか、「理容師である労働者が散髪中に顧客に怪我をさせた。」であるとか、会社や事業主に求められている業務を求められている通りにきちんと行わなかった場合の「損害賠償の予定」であると考えられます。※これらは禁止されています。

・判例:アール企画事件 2003年3月28日 東京地 判決
 本件特約の目的は、原告を被告に平成12年末まで就労させることであるから、本件特約に基づく義務に違反した場合に当事者が相手方に支払うとされた金員(本件特約の第6条)は、この目的を確実に達成するため約束されたとするのが当事者間の合理的な意思と考えられるから、違約金と解するのが相当である。
 そうすると、本件特約の第6条のうち、原告が被告に対し負担する違約金を定めた部分は、労働契約に付随して合意された本件特約の債務不履行について違約金を定めたものであるから、使用者が労働契約の不履行について違約金を定めることを禁止する労働基準法16条に反し、無効となるというべきである。

・判例2:徳島健康生活協同組合事件 2003年3月14日 高松高 判決
 研修規程11条は「万一、研修終了後健康生協に勤務しない場合は、研修期間中健康生協より補給された一切の金品を、3か月以内に本人の責任で一括返済しなければならない。」と規定する。
 同条項は、研修を受ける者が研修終了後被控訴人において勤務することを、研修受講者に対する義務とするという内容を定める範囲では有効であるが、勤務しない場合の賠償額を予定している部分(研修期間中被控訴人より支給された一切の金品を返還するという部分)は、労働基準法16条(賠償予定の禁止)に該当し、無効である。(以下 略)

※労働契約と金銭貸借契約は、別個のものと考えるべきであり、労働契約解除にともない金銭貸借契約も同時に解除されたとみなして、残金の一括返済を求める内容であれば、労働基準法第16条違反となるとされます。
 
・判例3:和幸会(看護学校修学資金貸与)事件 2002年11月1日 大阪地 判決
  (前略)このような本件貸与契約の内容と、学校法人と原告とを同一視し得るとの事情を合わせ考慮すると、本件貸与契約(被告甲)及び本件貸与契約(被告乙)は、いずれも単に、原告が、本来看護学校の学生が負担すべき運営にかかわる費用を貸与し、本来返還義務が伴う貸与金を例外的に免除しているにすぎないものであるとは言い難く、将来労働契約を締結することを前提として、原告と関連する看護学校の生徒の卒業後の原告への勤務を確保することを目的とし、看護婦獲得のためにその費用で修学させて資格を取らせ、かつその在学中から原告の経営する病院以外での就労を制限し、卒業後は一定期間内に免許を取得させて一定期間の就労を約束させるというのが実質であるというべきである。
 このように、本件貸与契約は、将来原告の経営する病院で就労することを前提として、2年ないし3年以上勤務すれば返還を免除するという合意の下、将来の労働契約の締結及び将来の退職の自由を制限するとともに、看護学校在学中から原告の経営する病院での就労を事実上義務づけるものであり、これに本件貸与契約締結に至る経緯、本件貸与契約が定める返還免除が受けられる就労期間、本件貸与契約に付随して被告甲及び被告乙が原告に提出した各誓約書(〈証拠略〉)の内容を合わせ考慮すると、本件貸与契約は、原告が経営する病院への就労を強制する経済的足止め策の一種であるといえる。
 したがって、以上によれば、本件貸与契約及び本件連帯保証契約は、労働基準法14条及び16条の法意に反するものとして違法であり、無効というべきである。

・判例4:野村證券(留学費用返還請求)事件 2002年4月16日 東京地 判決
 本件留学は勤続年数が短いにもかかわらず将来を嘱望される人材に多額の費用をかけて長期の海外留学をさせるという場合に該当する。
 本件海外留学決定の経緯を見るに、被告は人間の幅を広げたいといった個人的な目的で海外留学を強く希望していたこと、派遣要綱上も留学を志望し選考に応募することが前提とされていること、面談でも本人に留学希望を確認していること、(中略)が認められる。これによれば、仮に本件留学が形式的には業務命令の形であったとしても、その実態としては被告個人の意向による部分が大きく、最終的に被告が自身の健康状態、本件誓約書の内容、将来の見通しを勘案して留学を決定したものと推認できる。
 また、留学先での科目の選択や留学中の生活については、被告の自由に任せられ、脱退原告が干渉することはなかったのであるから、その間の行動に関しては全て被告自身が個人として利益を享受する関係にある。実際にも被告は獲得した経験や資格によりその後の転職が容易になるという形で現実に利益を得ている。

使用者の報奨責任・労働者の業務上の損害賠償の範囲

 独立行政法人労働政策研究・研修機構が「労働者の損害賠償責任とその制限」として事例検討を行っています。その元となった事例は「最一小判昭51.7.8」判決です。今回は、その内容をそのまま引用します。

1.概要

 石油等の輸送、販売を業とするX会社の従業員Yは、会社の業務としてタンクローリーで重油を輸送中に、同人の車両間隔不保持・前方不注意が原因で訴外A会社の車両に追突する事故を起こした。

 この事故によって、X会社は、事故車両の修理費用等につき、約33万円の損害を被った。また、X会社は、A会社に対し、損害賠償として約8万円を支払った。

 X会社は、これらの合計金額41万円余りの支払いをYに求め、本件訴訟を提起した。第一審判決(水戸地判昭48.3.27 民集30-7-695)、控訴審判決(東京高判昭49.7.30 民集30-7-699)がいずれも、上記金額の4分の1の限度でのみ請求を認容したので、これを不服としてXが上告した。

 なお、Xは、資本金800万円の株式会社であり、従業員約50名を擁し、業務上車両を20台近く保有しているが、経費節減のため、当該車両については対人賠償責任保険のみに加入し、対物賠償責任保険及び車両保険に未加入であった。また、Yは、普段は小型貨物自動車の運転業務に従事しており、タンクローリーには臨時的に乗務するに過ぎなかった。本件事故当時のYの賃金額は月額約4万5,000円であり、その勤務成績は普通以上であった。

2.判決

 使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により直接損害を被り、又は使用者としての損害賠償責任を負担したことにより損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができる

 本件の事実関係の下では、XがYに支払いを請求しうる額は信義則上Xが被った損害額の4分の1を限度とすべきであるとした原審の判断は正当として是認できる。

3.解説

 労働者が仕事上のミス等により使用者に損害を与えた場合、次に挙げるような形で、使用者に対して民法上の損害賠償責任を負うことがある(このほか、不正競争防止法4条などの特別な法律に基づいて労働者の損害賠償責任が生じることもある)。

 第一は、労働者の加害行為から、直接使用者に損害が生じる場合である(労働者の不注意による、使用者の商品や営業用器材の損傷・紛失、取引上の損失の発生など)。この場合、当該加害行為が労働契約上の債務不履行(民法416条)、又は不法行為(民法709条)に該当すると、これらの規定に基づく損害賠償責任が発生する。

 第二は、労働者の加害行為により、使用者以外の第三者に損害が生じる場合である(労働者のミスによる交通事故、顧客の損害など)。この場合、労働者の加害行為が職務に関連したもの(使用者の事業の執行についてのもの)であり、かつ、民法709条の不法行為に該当すると、使用者は被害を受けた第三者に対して損害賠償責任を負い(民法715条1項)、これに基づいて損害を賠償した使用者は、その負担を直接の加害者である労働者に求償する権利を持つ(民法715条3項参照)。

 このように、労働者が損害賠償責任(又は求償責任)を負うかどうかについては、民法上の一般原則に基づく判断がされるが、損害賠償責任を負う場合の賠償額については、社会通念に照らして加害行為によって生じたといいうる(加害行為との間に「相当因果関係」が認められる)損害額を賠償するという民法の原則は修正され、信義則(民法1条2項)を根拠として、上記の原則に基づく額からの減額が行われる。このような処理は、使用者と労働者の経済力の差や、労働者の活動から利益を得る使用者はそこから生じるリスクも負担すべき(報償責任)との考え方を考慮し、労働者・使用者間で損害の公平な負担を図るためのものと理解できる

4.原判決の判決理由

 使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他の諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償をすることができるものと解すべきである。

5.労働者の故意又は犯罪行為

 労働者が会社に損害を与える目的・意図で、取引先に損害を与え又は自社の資産等を毀損し、又は業務上の横領を行い、窃盗その他の犯罪行為を行った等の場合には、刑事告発とは別に会社が被った損害額の全額の賠償を労働者に求めることが出来ます。

6.危険負担、報奨責任

 危険負担とは、双務契約が成立した後に、債務者の責めに帰することができない事由で目的物が滅失・毀損等してしまったことにより履行不能(後発的履行不能)となった場合において、そのリスクを当事者のいずれが負担するか、という問題のことをいいます。そして、労働契約においては、報奨責任の法理から労務提供者の労働者の故意や重大な過失の場合を除き、危険負担は原則的に使用者が負担することと解されています。

 報奨責任とは、使用者は被用者の活動によって利益を上げているので、利益の存するところには損失も帰するべきであるという考え方です。

7.まとめ

 使用者は、定額の賠償を予定する労働契約の締結はできません。

 そして、業務上生じた第三者の損害又は使用者の損害は、原則的に使用者がその損害を賠償します。また、第三者に業務上で被用者が損害を与えた場合には、使用者責任の規定により使用者が損害賠償の責任を負い、その際の「その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他の諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において」被用者に求償することができるとされています。

 

 

以上で「労働者に賠償を求めること」を終了します。