差別待遇の禁止

2015年06月01日 14:37

差別待遇の禁止

労働基準法第3条

 使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。

自著「労働基準法の研究」より

第3条による差別の趣旨

 第3条は、「労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由とする差別的取扱いを禁止しているもの」であり、性別を理由とする差別的取り扱いはこれに含まれないとされます。一見不合理な感がありますが、実は労働基準法には妊産婦や女子の保護規定があり、両性の特性からあえて性別等を区別して、福祉の確保に努めています。しかしながら、憲法第14条や均等法により性差別を禁止する規定が設けられていることは、一般常識として知られているところです。 
 また、第4条において特に「賃金」に関する差別禁止規定が設けられています。

・憲法第14条
第十四条  すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。 (以下 略)

 日本国憲法第14条は、「法の下の平等」を規定しています。この「法の下の平等」とは、法適用の平等のみならず、法内容の平等も含むと言われています。裁判例としましては、日産自動車事件として定年年齢を男性60歳、女性55歳と定めた就業規則の違法性を判示したものがあります。

参考ⅰ:日産自動車女子定年制事件 昭和56年03月24日 最高裁第三小
 上告会社の就業規則は男子の定年年齢を六〇歳、女子の定年年齢を五五歳と規定しているところ、右の男女別定年制に合理性があるか否かにつき、原審は、上告会社における女子従業員の担当職種、男女従業員の勤続年数、高齢女子労働者の労働能力、定年制の一般的現状等諸般の事情を検討したうえ、上告会社においては、女子従業員の担当職務は相当広範囲にわたつていて、従業員の努力と上告会社の活用策いかんによつては貢献度を上げうる職種が数多く含まれており、女子従業員各個人の能力等の評価を離れて、その全体を上告会社に対する貢献度の上がらない従業員と断定する根拠はないこと、しかも、女子従業員について労働の質量が向上しないのに実質賃金が上昇するという不均衡が生じていると認めるべき根拠はないこと、少なくとも六〇歳前後までは、男女とも通常の職務であれば企業経営上要求される職務遂行能力に欠けるところはなく、各個人の労働能力の差異に応じた取扱がされるのは格別、一律に従業員として不適格とみて企業外へ排除するまでの理由はないことなど、上告会社の企業経営上の観点から定年年齢において女子を差別しなければならない合理的理由は認められない旨認定判断したものであり、右認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、正当として是認することができる。そうすると、原審の確定した事実関係のもとにおいて、上告会社の就業規則中女子の定年年齢を男子より低く定めた部分は、専ら女子であることのみを理由として差別したことに帰着するものであり、性別のみによる不合理な差別を定めたものとして民法九〇条の規定により無効であると解するのが相当である(憲法一四条一項、民法一条ノ二参照)。

参考ⅱ:民法第90条
 公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反スル事項ヲ目的トスル法律行為ハ無効トス

現行民法:第90条
 公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。

※日産自動車定年制事件で最高裁は、就業規則に定年年齢を男女別に定め女子を差別する規定であり、民法90条の公序良俗規定に反し、違法・無効であると判断しています。

参考ⅲ:民法第1条の2
 本法ハ個人ノ尊厳ト両性ノ本質的平等トヲ旨トシテ之ヲ解釈スヘシ
『本法(民法)は、個人の尊厳と男女の平等を旨として(主として、中心として)解釈しなければならない。』

 改正前の民法第1条の2は、憲法第14条、第13条、第24条の規定を集約し、「男性優位社会から、個人の尊厳を基礎とする、男女平等社会の到来」の宣言をしたと考えられています。
改正後の現行民法では、第2条に引き継がれています。

参考ⅳ:現行民法第2条(解釈の基準)
 この法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等を旨として、解釈しなければならない。

・信条または社会的身分 (昭和22年 基発17号)

 通達では、「信条とは、特定の宗教的もしくは政治的信念をいい、社会的身分とは、生来の身分をいうこと。」としています。

・その他の労働条件 (昭和23年基収1365号 昭和63年基発150号)
 通達では、「『その他の労働条件』には解雇、災害補償、安全衛生、寄宿舎等に関する条件も含む趣旨である。」とされています。

・均等法による男女差別の禁止(雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律)
 均等法による労働条件等の男女差別の禁止項目を以下にまとめます。
1)募集採用に係る性別を理由とする差別の禁止(同法第5条)
2)労働者の配置(業務の配分及び権限の付与を含む。)、昇進、降格及び教育訓練(同法第6条第1号)
3)住宅資金の貸付けその他これに準ずる福利厚生の措置であつて厚生労働省令で定めるもの(同法第6条第2号)
4)労働者の職種及び雇用形態の変更(同法第6条第3号)
5)退職の勧奨、定年及び解雇並びに労働契約の更新(同法第6条第4号)

参考ⅴ:均等法施行規則 第一条(福利厚生) 
 雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「法」という。)第六条第二号の厚生労働省令で定める福利厚生の措置は、次のとおりとする。
一 生活資金、教育資金その他労働者の福祉の増進のために行われる資金の貸付け
二 労働者の福祉の増進のために定期的に行われる金銭の給付
三 労働者の資産形成のために行われる金銭の給付
四 住宅の貸与

※均等法により以上の項目に関して、男女の差別が禁止されています。

・労働基準法第3条違反について
 第3条には罰則規定が設けられています。

参考ⅵ:労働基準法第119条第1号
 次の各号の一に該当する者は、これを六箇月以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。 
一  第三条、第四条、(以下 略)

 労働基準法第3条違反に関しては、「現実に差別的取扱いをした場合に成立する」とされ、「労働協約、就業規則等に差別待遇を定めただけでは違反(労基法違反)にならない」とされています。
 ただし、就業規則に関しては「労働契約法」に規定があり、労基法違反の就業規則の規定はその合理性を否定されますので、就業規則の当該規定は無効とされます。

参考ⅵ:労働契約法
第七条  労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。 

従って、不合理な就業規則の規定は、労働条件とはならず効力を持たないとされています。

労働基準法第4条

 使用者は、労働者が女性であることを理由として、賃金について、男性と差別的取扱いをしてはならない。

・通達でみる労働基準法第4条 昭和22年9月13日 基発第17号
 上記の通達では、労基法第4条を以下の通りに解釈しています。
1)本条の趣旨は我が国における従来の国民経済の封建的構造のため男子労働者に比較して一般に低位であった女子労働者の社会的経済的地位の向上を賃金に関する差別待遇の廃止という面から実現しようとするものであること。
2)職務能率技能等によって賃金に個人的の差異のあることは、本条に規定する差別待遇ではないこと。
3)しかしながら労働者が女子であることのみを理由として或いは社会的通念として若しくは当該事業場において女子労働者が一般的に又は平均的に能率が悪いことは知能が低いこと勤務年数が短いこと扶養家族が少ないこと等の理由によって女子労働者に対し賃金に差別をつけることは違法であること。

・ILO条約( 同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬に関する条約(第100号))
1)概要
この条約は同一の価値の労働に対しては性別による区別を行うことなく同等の報酬を与えなければならないと決めたものである。条約は報酬について定義を下し、金銭であると現物であるとを問わず、直接または間接に使用者が労働者に対して支払う報酬で労働者の雇用から生ずるものを含む、とする。
 報酬を同一労働に対して男女同等に支払う、という原則を確立する方法として、
   ①国内法令、
   ②法令によって設けられまたは認められた賃金決定制度、
   ③使用者と労働者との間で締結された労働協約、
   ④これらの各手段の組み合わせ、を規定している。
更に、行うべき労働を基礎とする職務の客観的評価がこの条約の規定を実施するのに役立つ場合にはこれを促進する措置をとることとする。

2)同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬に関する条約(第100号))抜粋
第 一 条
 この条約の適用上、
(a) 「報酬」とは、通常の、基本の又は最低の賃金又は給料及び使用者が労働者に対してその雇用を理由として現金又は現物により直接又は間接に支払うすべての追加的給与をいう。
(b) 「同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬」とは、性別による差別なしに定められる報酬率をいう。

第 二 条
1 各加盟国は、報酬率を決定するため行なわれている方法に適した手段によって、同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬の原則のすべての労働者への適用を促進し、及び前記の方法と両立する限り確保しなければならない。
2 この原則は、次のいずれによっても適用することができる。
 (a) 国内法令
 (b) 法令によって設けられ又は認められた賃金決定制度
 (c) 使用者と労働者との間の労働協約
 (d) これらの各種の手段の組合せ

第 三 条
1 行なうべき労働を基礎とする職務の客観的な評価を促進する措置がこの条約の規定の実施に役だつ場合には、その措置を執るものとする。
2 この評価のために採用する方法は、報酬率の決定について責任を負う機関又は、報酬率が労働協約によって決定される場合には、その当事者が決定することができる。
3 行なうべき労働における前記の客観的な評価から生ずる差異に性別と関係なく対応する報酬率の差異は、同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬の原則に反するものと認めてはならない。

・「女性であることを理由として」とは?
 通達によれば、「女性であることを理由として」とは、労働者が女性であることのみを理由として、あるいは社会通念として又は当該事業場において女性労働者が一般的又は平均的に能率が悪いこと、勤続年数が短いこと、主たる生計の維持者ではないこと等を理由とすることの意であり、これらを理由として、女性労働者に対し賃金に差別をつけることは違法であること。」としています。
 従って、昭和22年9月13日 基発第17号にあるように「職務能率技能等によって賃金に個人的の差異のあることは、本条に規定する差別待遇ではないこと。」とされるように、一律な性別による賃金差別以外であって職務の差異や能率の差異等による賃金の差異は、本条違反とはなりません。

・差別待遇を定める就業規則 (昭和23年基収第4281号)
通達には、以下のような内容のものがあります。
「問】就業規則に労働者が女性であることを理由として、賃金について男性と差別的取扱いをする趣旨の規定があって、現実に男女差別待遇の事実がない場合においても、法第4条に違反するものであると思料するが如何。」
「答】就業規則に法第4条違反の規定があるが現実に行われておらず、賃金の男女差別待遇の事実がな

・判例にみる労働基準法第4条違反 昭和シェル石油(賃金差別)事件 2007年6月28日  東京高  
 労働基準法四条は、「使用者は、労働者が女性であることを理由として、賃金について、男性と差別的な取扱いをしてはならない。」と定めている。〔中略〕しかし、均等法八条が「努めなければならない。」と努力義務を定めているのは、まさに事業者に努力する義務を法律上課しているのであって、「労働者の配置及び昇進について、女子労働者に対して男子労働者と均等な取扱いをする」という法の定めた実現されるべき目標が、法律施行後に達成されていなくても、同法に違反するとして、行政上の規制や罰則の対象となるものはなく、民事上もそのことのみで、債務不履行や不法行為を構成するものではないが、他方、法が、事業者に同条の目標を達成するように努めるべきものと定めた趣旨を満たしていない状況にあれば、労働大臣あるいはその委任を受けた婦人少年室長が同法の施行に関し必要があると認めて事業者に対し、報告を求め、又は助言、指導もしくは勧告をすることができる(同法三三条)という行政的措置をとることができるのであり、単なる訓示規定ではなく、実効性のある規定であることは均等法自体が予定しているのであり、上記目標を達成するための努力をなんら行わず、均等な取扱いが行われていない実態を積極的に維持すること、あるいは、配置及び昇進についての男女差別を更に拡大するような措置をとることは、同条の趣旨に反するものであり、被控訴人主張の不法行為の成否についての違法性判断の基準とすべき雇用関係についての私法秩序には、上記のような同条の趣旨も含まれるというべきである。 

・判例にみる労働基準法第4条違反Ⅱ 野村證券(男女差別)事件 2002年2月20日 東京地判決 
  労基法4条は、男女同一賃金の原則をうたっているとはいえ、「使用者は、労働者が女性であることを理由として、賃金について、男性と差別的取扱いをしてはならない。」と規定しているにとどまるから、文言上、同条から差別を受けた女性の差額賃金請求権が直接発生するとすることは困難であり、同条に基づき、原告らが差額賃金請求権を有するとはいえない。

・差別的取り扱いの具体例 (昭和22年発基17号 他)
 通達では、「職務、能率、技能、年齢、勤続年数等によって、賃金に個人的差異のあることは、本条に規定する差別的取扱いではないが、例えばこれらが同一である場合において、男性はすべて月給制、女性はすべて日給制とし、男性たる月給者がその労働日数の如何にかかわらず月に対する賃金が前記の男性の一定額と異なる場合は法第4条違反であること。
 なお、差別的取扱いをするとは、不利に取扱う場合のみならず有利に取り扱う場合も含むものであること。」としています。

※差別的取扱いには、女性を有利に取扱う場合も含まれることに留意が必要です。

・労基法第4条違反
 第4条に違反して、女性を理由として賃金に関し、不利・有利に取扱いをすれば罰則の対象となります。

労働基準法第119条第1号
 次の各号の一に該当する者は、これを六箇月以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。 
一  第三条、第四条、(以下 略)

・労基法第4条違反の場合の女性の差額賃金の請求権について
 上記の「野村證券(男女差別)事件」においては、「差額賃金請求権を有するとはいえない。」としています。
 一方「秋田相互銀行事件 1975年4月10日 秋田地裁判決」においては、「このように、労働契約において、使用者が、労働者が女子であることを理由として、賃金について、男子と差別的取扱いをした場合には、労働契約の右の部分は、労働基準法四条に違反して無効であるから、女子は男子に支払われた金額との差額を請求することができるものと解するのを相当とする。けだし、労働基準法で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とされ、この無効となった部分は、労働基準法で定める基準による旨の労働基準法一三条の趣旨は、同法四条違反のような重大な違反がある契約については、より一層この無効となった空白の部分を補充するためのものとして援用することができるものとみなければならないからである。 原告らの賃金差額を求める請求は理由がある。」
として、判例は分かれています。

参考:労基法第13条 (この法律違反の契約)
 この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となつた部分は、この法律で定める基準による。

労働基準法の差別待遇

 労働基準法の差別待遇が禁止される労働者とは、現に使用している労働者及び採用していた労働者に限られます。従って、求人に応じて来た採用前の労働者については、誰を採用するかについて事業主の経営権の範疇にあり、独断的に決定できます。そのあたりが、契約自由の原則の根本原理が維持されている点です。自由主義とは、機会の平等であり、結果の平等ではないことは一般的に周知の理念です。

 既述の均等法においても、あくまで「事業主は、労働者の募集及び採用について、その性別にかかわりなく均等な機会を与えなければならない。」とされているに留まり、機会を与えることが義務付けられているのみです。

 

以上で「差別待遇」の禁止について終了します。