賃金、賃金制度に関する考察 1(賃金の定義)

2015年06月29日 10:19

賃金とは何か?

○労働基準法の賃金の定義

労働基準法第11条  この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。

参考:賃金統制令(昭和15年改正勅令第675号) 第3条 本令ニ於テ賃金ト称スルハ賃金、給料、手当、賞与其ノ他名称ノ如何ヲ問ハズ労働者ヲ雇傭スル者ガ労働ノ対償トシテ支給セル金銭、物其ノ他ノ利益ヲ謂フ

参考2:所得税法第28条
給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与(以下この条において「給与等」という。)に係る所得をいう。
2 給与所得の金額は、その年中の給与等の収入金額から給与所得控除額を控除した残額とする。給与所得の解釈:給与所得には、通常の給与、賞与等の他に、各種の手当や現物支給も含まれ、それらに対して、原則的に所得税が課せられる。しかし、従業員や役員に支給される金品のうち、一定のものは課税されないことになっており、旅費や通勤手当、学資金などのうち一定のものは非課税として取り扱われること。
 
1.賃金の解釈

①賃金の意義(通達 昭和22年 基発17号)
(一)労働者に支給される物又は利益にして、次の各号の一に該当するものは、賃金とみなすこと。
 1)所定貨幣賃金の代わりに支給するもの、即ち、その支給により貨幣賃金の減額を伴うもの
 2)労働契約において、予めその支給が約束されているもの
(二)右に掲げるものであっても、次の各号の一に該当するものは、賃金とみなさないこと。
 1)代金を徴収するもの。但しその代金が甚だしく低額なものはこの限りではない。
 2)労働者の厚生福利施設とみなされるもの
(三)労働協約、就業規則、労働契約等によって予め支給条件が明確である場合の退職手当は法第11条の賃金であり、法第24条第2項の「臨時の賃金等」に当たる。
(四)結婚祝金、死亡弔慰金、災害見舞金等の恩恵的給付は原則として賃金とみなさないこと。ただし、結婚手当等であって労働協約、就業規則、労働契約等によって予め支給条件の明確なものはこの限りでないこと。

※賃金に該当するかどうかの判断は、基本的にこの通達に沿って行われるものと思われます。

②実物給与(現物支給)

○実物給与(通達 昭和22年 基発452号)第11条

(一)実物給与に関する法第24条の趣旨は、実物給与制度の沿革に鑑み、かつ稍〈やや〉もすれば基本を不当に低位に据え置く原因となる恐れがあるので、原則として実物給与を禁止したものである。従ってあらゆる種類の実物給与を禁止せんとするものではなく、労働協約に別段の定めをなさしめることによって、労働者に不利益となるような実物給与から労働者を保護せんとするものであること。
(二)労働者に対して、それを賃金とみるか否かについては、実物給与に関する法の趣旨及び実情を考慮し、慎重に判定すること。

(三)臨時に支給される物、その他の利益は原則として賃金とみなさないこと。なお、祝祭日、会社の創立記念日又は、労働者の個人的吉凶禍福に対して支給されるものは賃金ではない。然し次の場合における実物給与については、賃金として取り扱うこと。
 イ)支給されるものが労働者の自家消費を目的とせず、明らかに転売による金銭の取得を目的とするもの。
 ロ)労働協約によっていないが、前例若しくは慣習として、その支給が期待されている貨幣賃金の代りに支給されるもの。
(四)福利厚生の範囲は、なるべくこれを広く解釈すること。
(五)施行規則第二条第三項による評価額の判定基準は左によること。実物給与のために使用者が支出した実際費用を超え又はその三分の一を下つてはならない。但し公定小売価格その他これに準ずる統制額の定めがあるものについては、実際費用の如何にかかわらずその額を超えてはならない。
(六)労働者より代金を徴収するものは、原則として賃金ではないが、その徴収金額が実際費用の三分の一以下であるときは、徴収金額と実際費用の三分の一との差額部分については、これを賃金とみなすこと。

○実物給与の具体例

1)ストック・オプション
「(前略)この制度から得られる利益は、それが発生する時期及び額ともに労働者の判断に委ねられているため、労働の対象ではなく、労働基準法第11条の賃金には当らないものである。」と通達されています。

2)栄養食品又は保健薬品の支給
「栄養食品又は保健薬品の現物補給は労働協約に基づき、特定作業に従事する労働者に対してその稼働日数に応じ、一定額の範囲内で支給するものであるから、賃金であって、労働者の福利厚生のために支給するものとは認められない。」とされています。

3)通勤定期券
「(前略)定期乗車券は法第11条の賃金であり、従って、これを賃金台帳に記入し又六ヶ月定期乗車券であっても、これは各月分の前払いとして認められるから平均賃金の基礎に加えなければならない。」と通達されています。

4)スト妥結の一時金
「スト妥結の際締結された新賃金協定により一人5千円の一時金の支給をみたが、この一時金は臨時の賃金である。」とされています。

5)法定の額を超える休業補償費
「(前略)休業補償は休業手当と法的根拠を異にしているから平均賃金の百分の六十以上と規定せず敢えて百分の六十と限定しているので、(就業規則等の規定により支給される)百分の六十を上廻る部分は予め支給条件の明確な恩恵的給付として賃金とみるべきである。」とされています。

6)栄養食品又は保健薬品の支給
「(前略)当該現物補給は労働協約に基づき、特定作業に従事する労働者に対してその稼働日数に従事する労働者に対してその稼働日数に応じ、一定額の範囲内で支給するものであるから、賃金であって、労働者の福利厚生のために支給するものとは認められない。」とされています。

7)通勤定期券
「(前略)当該定期乗車券は法第11条の賃金であり、従って、これを賃金台帳に記入し又六ヶ月定期乗車券であっても、これは各月分の賃金の前払として認められるから平均賃金算定の基礎に加えなければならない。」として、通勤定期券の現物支給も賃金とされています。

8)スト妥結の一時金
「スト妥結の際締結された新賃金協定により一人平均5千円の一時金の支給をみた。この一時金も臨時の賃金である。」とされます。

9)チップ
「チップは、旅館従業員等が客から受け取るものであって賃金ではない。なお、無償あるいは極めて低廉な価格で食事の給与を受け、又は当該旅館等に宿泊を許されている場合には、かかる実物給与及び利益は賃金とみなすべきである。」とされています。

10)休業補償費
「休業補償は法で平均賃金の百分の六十と限定されているが、これは法第1条の規定により最低の基準と考えるべきで、事業場で休業補償として平均賃金の百分の六十を上廻る制度を設けている場合は、その全額を休業補償とみるべきである。」として、業務災害の場合の休業補償はすべて賃金に該当しないとしています。
 この取り扱いは、当然ながら労働保険料の算定の際も同様であって、賃金総額に算入しません。

12)自家用自動車を業務に使用する場合の経費
 12-1.私有自動車維持費として支給される定額金額は実費弁償と解される。(賃金では無い)
 12-2.自己の通勤に併用する者に対して加算支給される通勤定期乗車券代金月額の二分の一相当額は賃金と解される。(賃金である)
 12-3.社用提供者に対して自動車重量税及び自動車税の一部を支給することとしているが、これは自動車の使用貸借契約における必要経費の負担とみられ、賃金ではない。(賃金ではない)
 12-4.社用に用いた走行距離に応じて支給されるガソリン代は実費弁済であり賃金ではない。(賃金では無い)

13)役職員交際費
「役付職員は職掌柄外部との接触が多く従っていろいろと失費がかさむが、飲食代、交通費、あるいは進物代等些細な金額は請求し難いこともあり、また処理上煩雑でもあるので、一定期間統計をとり、これを基準にして部長職1,500円、課長職1,200円というふうに一定額の役職員交際費を毎月支給することとしている。この役職員交際費は賃金では無い。」として、厳密に領収書がない場合でも、実費弁済扱いを認めています。

14)食事の供与
「食事の供与(労働者が使用者の定める施設に住み込み一日に二食以上支給を受けるような特殊の場合のものを除く)は、その支給のための代金を徴収すると否とを問わず、次の各号の条件を満たす限り、原則として、これを賃金として取り扱わず福利厚生として取扱うこと。
一)食事の供与のために賃金の減額を伴わないこと。
二)食事の供与が就業規則、労働協約等に定められ、明確な労働条件の内容となっている場合でないこと。
三)食事の供与による利益の客観的評価額が、社会通念上、僅少なものと認められるものであること。

15)昼食料補助等
 15-1.昼食料補助
 「業務の性質上郡内(市内)及び隣接地出張が頻繁で、以前は事業所所在の市地域隣接地並びに特定地に出張して正午を過ぎたときに旅費規定に基づき日当の4割を昼食料として支給していたが取扱い上煩雑なので、組合と協議の上出勤一日につき50円の昼食補助として支給することとした。当該、昼食補助は法第11条の賃金である。」としています。これは、組合との協議の上の支給であり、また日当の4割を昼食料として支給していたことを考えると、額が僅少ではないため、恩恵的なものではないと判断されたようです。
 15-2.居残弁当料、早出弁当料
 「次の時刻(午後7時過ぎ、午前6時を過ぎ、午前7時過ぎ)に仕事をさせた場合、特地70円、甲地60円、乙地50円を居残弁当料、早出弁当料として支給しているが賃金か。当該、居残弁当料及び早出弁当料は、賃金である。」とされています。

16)所得税等の事業主負担
一)「労働者が法令により負担すべき所得税等(健康保険料、厚生年金保険料、雇用保険料等を含む。)を事業主が労働者に代わって負担する場合は、これらの労働者が法律上当然負担する義務を免れるのであるから、この事業主が労働者に代わって負担する部分は賃金とみなされる。」としています。ある意味当然かと思います。
二)「これに対し、労働者が自己を被保険者として生命保険料等と任意に保険契約を締結したときに企業が保険料の補助を行う場合、その保険料補助金は、労働者の福利厚生のために使用者は負担するものであるから、賃金とは認められない。」としています。

17)育児休業中の賃金等
「育児休業法上育児休業期間中の賃金支払いは任意の話し合いに委ねられていること。
 また、社会保険料の被保険者負担分については、育児休業期間中にても労働者が負担すべきものとされているが、事業主が被保険者負担分を肩代わりする場合には、当該負担分は法第11条の賃金として取り扱われること。(中略)したがって、育児休業が終了した後一定限労働しなければ当該賃金額分を労働者に支払わせるとの取扱いは、法第16条に抵触するものと解されること。」

参考:労働基準法第16条
(賠償予定の禁止)第16条 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
参考:健康保険法
第百五十九条  育児休業等をしている被保険者が使用される事業所の事業主が、厚生労働省令で定めるところにより保険者等に申出をしたときは、その育児休業等を開始した日の属する月からその育児休業等が終了する日の翌日が属する月の前月までの期間、当該被保険者に関する保険料を徴収しない。 
参考:厚生年金保険法
(育児休業期間中の保険料の徴収の特例)第81条の2 育児休業等をしている被保険者が使用される事業所の事業主が、厚生労働省令の定めるところにより厚生労働大臣に申出をしたときは、前条第2項の規定にかかわらず、当該被保険者に係る保険料であつてその育児休業等を開始した日の属する月からその育児休業等が終了する日の翌日が属する月の前月までの期間に係るものの徴収は行わない。

※育児休業中の雇用保険料については、賃金の支払いがなければ保険料も発生しません。また、健康保険と厚生年金は上記のとおりです。さらに、労災はそもそも労働者負担分の保険料はありませんから、上記の通達は現在は該当する事例がないこととなります。

18)制服その他
「交通従業員の制服、工員の作業衣服等業務上必要な被服は作業備品とみて賃金より除外してよい。」として、賃金ではないとされています。

19)作業用心代
「(前略)作業用品代は職員、従業員全部に一律に適用されるもので実入坑1工あたり6円を支給することになっているが、これは損失のあった場合に支給されるものでなく、損失の有無に拘わらず、実入坑一工当りについて与えられている作業労働の対象であり、いわば、職務作業手当、即ち賃金の一つと解せられるが、当該作業用品は作業遂行に必要な道具であって通常使用者が支給しているものであるから、その作業の用品代は損料又は実費弁済と認められ、賃金ではない・」とされます。

20)乗務日当
「(前略)旅費規程及び乗務日当支給細則に基づき、乗務日当を支給しているが、この乗務日当は、旅費日当に準ずるものとして取扱われており、税法上も非課税とされているので、労働基準法において賃金とは認められないと思料するが如何。(以下略)
答】設問の乗務日当は、航空機乗務員が、通常の業務として、航空機に一定区間乗務する場合に支給されるものであり、会社提出の資料によれば、その支給目的は主として航空機に乗務することによって生ずる疲労の防止及び回復を図ることにある。従って、その性格は一種の特殊作業手当とみるべきものであり、労働基準法第1条に規定する賃金と認められる。」としています。

21)チェーンソーの損料
「賃金額は損料として区別して定められなければならないものであり、チェーンソー自己所有労働者についても、労働契約関係にある限り、賃金と損料とは区別して定められるべきものである。
 なお、損料を含むものを定める場合には労働契約でなく請負契約とみられる場合が多いことに留意されたい。」としています。
※この通達では、自己所有のチェーンソーを会社等の業務に使用している場合には、チェーンソーの損料(メンテナンスや減価償却費相当と思われる)を含む労働契約上の賃金支払い内容とする場合があり、この場合には「請負契約」と判断されることが多いと述べています。しかし、今日の解釈では労働契約と同時に請負契約等の典型契約の性質を有するいわゆる「混合契約」の場合であっても、労働契約法上の労働者との解釈は排除されないと解されています。

使用者が労働者に支払うすべてのもの

「本法では単に金銭にのみならず、物又は利益をも賃金としているのであるから、「支払い」の語も金銭の現実の授受に限定せず、広く債務の弁済行為ないしは利益の供与を指すものと解すべきである。」とする見解があります。後に判例で確認したいとおもいます。

○労働の対償の意味とはなにか?
 賃金は、「労働契約上の使用者に使用されて労務の提供を行った」ことに対する反対給付ですから、使用者(事業主)からの金銭の支給のうち、労務の提供に相当する金銭等及びそのようにみなされる金銭等以外は「賃金」とはならないわけです。
 通達でも、「臨時に支給される物、その他の利益は原則として賃金とみなさないこと。なお、祝祭日、会社の創立記念日又は、労働者の個人的吉凶禍福に対して支給されるものは賃金ではない。」としており、使用者が支給する福利厚生上の「任意的」「恩恵的」なものは、賃金とならないとされています。
 さらに、例えば食事の供与については先に記述した通りですが、「食事代金相当として、労働者から代金を徴収するものは、原則として賃金ではないが、その徴収金額が実際費用の三分の一以下であるときは、徴収金額と実際費用の三分の一との差額部分については、これは賃金とみなされます。」

○名称の如何を問わずとは?
 賃金は、名称の如何を問わないから、家族手当、物価手当等、一見労働とは直接関係ないような名称であっても労働の対償として使用者が労働者に支払うものである以上、すべて本条にいう賃金であるとされます。

 

 

以上で賃金に関する考察1を終了します。