賃金、賃金制度に関する考察 11(労働基準法24条)
労働基準法第24条
労働基準法の賃金に関する規定は、①賃金支払の原則、②割増賃金の支払、③非常時払い、年休取得時の賃金、時効などのその他の事項に大別されます。また、賃金の支払は、労働時間(時間外労働の解釈)と労働契約の内容に密接に関係しますが、今回は専ら「賃金の支払いに関する項目」に絞り込んで詳細に記述します。
第24条(賃金の支払)
賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。
2 賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支
払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第八十九条において
「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。
労働基準法施行規則
(現物給付)
則第二条 労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号。以下「法」という。)第十二条第五項の
規定により、賃金の総額に算入すべきものは、法第二十四条第一項ただし書の規定による法令
又は労働協約の別段の定めに基づいて支払われる通貨以外のものとする。
2 前項の通貨以外のものの評価額は、法令に別段の定がある場合の外、労働協約に定めなけ
ればならない。
3 前項の規定により労働協約に定められた評価額が不適当と認められる場合又は前項の評価
額が法令若しくは労働協約に定められていない場合においては、都道府県労働局長は、第一項
の通貨以外のものの評価額を定めることができる。
(通貨払の例外)
則第七条の二 使用者は、労働者の同意を得た場合には、賃金の支払について次の方法による
ことができる。
一 当該労働者が指定する銀行その他の金融機関に対する当該労働者の預金又は貯金への振込み
二 当該労働者が指定する金融商品取引業者(金融商品取引法(昭和二十三年法律第二十五号。以下「金商法」という。)第二条第九項に規定する金融商品取引業者(金商法第二十八条第一項に規定する第一種金融商品取引業を行う者に限る。)をいう。以下この号において同じ。)に対する当該労働者の預り金(次の要件を満たすものに限る。)への払込み
イ 当該預り金により投資信託及び投資法人に関する法律(昭和二十六年法律第百九十八号)第二条第四項の証券投資信託(以下この号において「証券投資信託」という。)の受益証券以外のものを購入しないこと。
ロ 当該預り金により購入する受益証券に係る投資信託及び投資法人に関する法律第四条第一項の投資信託約款に次の事項が記載されていること。
(1) 信託財産の運用の対象は、次に掲げる有価証券((2)において「有価証券」という。)、預金、手形、指定金銭信託及びコールローンに限られること。
(i) 金商法第二条第一項第一号に掲げる有価証券
(ii) 金商法第二条第一項第二号に掲げる有価証券
(iii) 金商法第二条第一項第三号に掲げる有価証券
(iv) 金商法第二条第一項第四号に掲げる有価証券(資産流動化計画に新優先出資の引受権のみを譲渡することができる旨の定めがない場合における新優先出資引受権付特定社債券を除く。)
(v) 金商法第二条第一項第五号に掲げる有価証券(新株予約権付社債券を除く。)
(vi) 金商法第二条第一項第十四号に規定する有価証券(銀行、協同組織金融機関の優先出資に関する法律(平成五年法律第四十四号)第二条第一項に規定する協同組織金融機関及び金融商品取引法施行令(昭和四十年政令第三百二十一号)第一条の九各号に掲げる金融機関又は信託会社の貸付債権を信託する信託(当該信託に係る契約の際における受益者が委託者であるものに限る。)又は指定金銭信託に係るものに限る。)
(vii) 金商法第二条第一項第十五号に掲げる有価証券
(viii) 金商法第二条第一項第十七号に掲げる有価証券((i)から(vii)までに掲げる証券又は証書の性質を有するものに限る。)
(ix) 金商法第二条第一項第十八号に掲げる有価証券
(x) 金商法第二条第一項第二十一号に掲げる有価証券
(xi) 金商法第二条第二項の規定により有価証券とみなされる権利((i)から(ix)までに掲げる有価証券に表示されるべき権利に限る。)
(xii) 銀行、協同組織金融機関の優先出資に関する法律第二条第一項に規定する協同組織金融機関及び金融商品取引法施行令第一条の九各号に掲げる金融機関又は信託会社の貸付債権を信託する信託(当該信託に係る契約の際における受益者が委託者であるものに限る。)の受益権
(xiii) 外国の者に対する権利で(xii)に掲げるものの性質を有するもの
(2) 信託財産の運用の対象となる有価証券、預金、手形、指定金銭信託及びコールローン((3)及び(4)において「有価証券等」という。)は、償還又は満期までの期間((3)において「残存期間」という。)が一年を超えないものであること。
(3) 信託財産に組み入れる有価証券等の平均残存期間(一の有価証券等の残存期間に当該有価証券等の組入れ額を乗じて得た合計額を、当該有価証券等の組入れ額の合計額で除した期間をいう。)が九十日を超えないこと。
(4) 信託財産の総額のうちに一の法人その他の団体((5)において「法人等」という。)が発行し、又は取り扱う有価証券等(国債証券、政府保証債(その元本の償還及び利息の支払について政府が保証する債券をいう。)及び返済までの期間(貸付けを行う当該証券投資信託の受託者である会社が休業している日を除く。)が五日以内のコールローン((5)において「特定コールローン」という。)を除く。)の当該信託財産の総額の計算の基礎となつた価額の占める割合が、百分の五以下であること。
(5) 信託財産の総額のうちに一の法人等が取り扱う特定コールローンの当該信託財産の総額の計算の基礎となつた価額の占める割合が、百分の二十五以下であること。
ハ 当該預り金に係る投資約款(労働者と金融商品取引業者の間の預り金の取扱い及び受益証券の購入等に関する約款をいう。)に次の事項が記載されていること。
(1) 当該預り金への払込みが一円単位でできること。
(2) 預り金及び証券投資信託の受益権に相当する金額の払戻しが、その申出があつた日に、一円単位でできること。
2 使用者は、労働者の同意を得た場合には、退職手当の支払について前項に規定する方法に
よるほか、次の方法によることができる。
一 銀行その他の金融機関によつて振り出された当該銀行その他の金融機関を支払人とする小切手を当該労働者に交付すること。
二 銀行その他の金融機関が支払保証をした小切手を当該労働者に交付すること。
三 郵政民営化法(平成十七年法律第九十七号)第九十四条に規定する郵便貯金銀行がその行う為替取引に関し負担する債務に係る権利を表章する証書を当該労働者に交付すること。
3 地方公務員に関して法第二十四条第一項の規定が適用される場合における前項の規定の適
用については、同項第一号中「小切手」とあるのは、「小切手又は地方公共団体によつて振り
出された小切手」とする。
則第八条 法第二十四条第二項但書の規定による臨時に支払われる賃金、賞与に準ずるものは次に掲げるものとする。
一 一箇月を超える期間の出勤成績によつて支給される精勤手当
二 一箇月を超える一定期間の継続勤務に対して支給される勤続手当
三 一箇月を超える期間にわたる事由によつて算定される奨励加給又は能率手当
○賃金支払の原則
・賃金支払の5原則の規定です。自著「労働基準法の研究」より引用します。
1)通貨払いの原則
「この原則は、労働者に不利益な実物給与を禁止するもが本音であるから、公益上の必要がある場合又は労働者に不利益になるおそれが少ない場合には、例外を認めることが実情に沿うので、退職手当について銀行振出し小切手等の交付によることのほか、法令又は労働協約に定めのある場合には実物給与を認めている。
2)直接払いの原則
これは、「親方や職業仲介人が代理受領によって中間搾取をし、又は年少工の賃金を親権者が奪い去る等の旧来の弊害を除去し、労務の提供をした労働者本人の手に賃金全額を帰属させるため、第59条(親権者の代理受領の禁止)とともに、民法の委任、代理等の規定の特例を設けたものである。」としています。
3)全額払いの原則
これは、「賃金の一部を支払留保することによる労働者の足留めを封ずるとともに、直接払いの原則と相まって、労働の対価を残りなく労働者に帰属させるため、控除を禁止したものである。しかし、所得税の源泉徴収、社会保険料の控除のように公益上の必要があるもの及び社宅料、購入物品の代金等事理明白なものについては例外を認めることが手続の簡素化に質し、実情にも沿うので、法令に別段の定めがある場合又は労使の自主的協定がある場合には一部控除を認めている。」としています。
4)毎月払いの原則
この毎月払いの原則は、「賃金支払期の間隔が開きすぎることによる労働者の生活上の不安を除くことを目的とし」としています。
5)一定期日払いの原則
「一定期日払いの原則は、支払日が不安定で間隔が一定しないことによる労働者の計画的生活の困難を防ぐことを意図し、毎月払いと相まって労働者の定期的収入の確保を図っている。」としています。
○賃金支払の5原則の考察
1.通貨払いの原則
労働基準法第24条には、使用者は労働者に対し賃金を通貨(日本国の通貨に限る。)で支払
うと規定されています。
すなわち、労働基準法の規定による賃金支払方法の原則は、現金(原則的に円に限られる)
で支給することとなっています。従って、労働者本人の銀行口座等への振込みによる賃金の支
払は、本人の同意を得た場合の例外的な措置となります。もっとも、現在では本人の指定する
口座(本人名義のものに限られます。)に会社が振り込む方法により賃金を支払うことが通常
です。この場合の労働者本人の同意は、黙示的なものでも許容されると解されますので、振込
み先の口座に関する文書の提出を労働者にもとめ労働者がその文書(通帳の写しの提出を含
め)を提出した場合には、当然に振込みによる賃金の支払に同意したものと判断することがで
きます。
そこで、通常の賃金や賞与及び退職金等の支払に関し、本人の同意により通貨以外のもので
支払う際の方法は、則第7条の2に規定されていますので、その規定に従うこととなります。
ところで、日本の会社の国外に勤務する労働者に対する賃金の支払については、どのように
なるのでしょうか。一般に法律は、属地主義といって原則的に国内の法律が海外に適用される
ことはありません。従って、国内事業所の労働者が一時的な海外出張等で海外に仕事に行く場
合を除き、海外の事業所に労働基準法が適用されることはありません。これは、当然の原則で
あり、中国国内の会社を日本の労働基準法違反の容疑で行政指導等を行うことはできないこと
は当然です。他方、中国国籍企業の日本国内所在の事業所について、労働基準法他の法令で指
導等を行うことは当然のことと言えます。
従って、海外の事業所については、賃金を円で支払わなければならないということはなく、
その国の法令等に従って支払をすることになります。
余談ですが、我が国の刑法には国外犯規定があり、例えば日本人を国外で殺した者(ISI
Lの戦闘員など)についても、刑法の適用があり、実際に摘発が可能か否かは別にして、事件
の捜査を行うことができます。
参考:刑法の規定
2.賃金の直接払いの原則(同様に「労働法の研究」の抜粋)
賃金は、「労働者の親権者その他の法定代理人に支払うこと、労働者の委任を受けた任意代理人に支払うこと、また労働者が金銭の借入を行っている場合に、その債権者に賃金を渡すこと等を含め、第三者に賃金受領権限を与えようとする委任、代理等の法律行為は無効である。」とされています。
ただし、例えば入院中の労働者に代わって、配偶者が使者として賃金を受領する場合には、あくまで本人の使いにすぎないので、差支えないものとされています。
昨今は、労働者本人の承諾の上で「労働者名義の金融機関等の口座に振り込む」方法が一般的です。この場合で問題となるのは、たとえ本人の要望であっても他者名義(配偶者、親、子等であっても不可)の口座に振り込むことです。例外は、労働者が死亡した場合において、相続人に未払いの賃金を支払う場合です。
・債権と賃金の相殺
ここで、使用者・労働者以外の第三者が労働者に金銭債権を持っている場合が問題となりま
す。つまり、労働者の求めに応じて、使用者が賃金額の一部を直接その債権者に支払うことが
可能かという点です。この点は、以下のように解釈されています。
労働者が他者に賃金債権を譲渡する契約を締結した場合であっても、その契約に基づく他者に賃金を支払い、直接労働者に支払わなかった場合には、本条違反になるとされます。
この点は判例によって確認されており、「その譲渡を禁止する規定がないから、退職者またはその予定者が右退職手当の給付を受ける権利を他に譲渡した場合に譲渡自体を無効と解すべき根拠はないけれども、同法(労基法)24条1項が『賃金は直接労働者に支払わなければならない。』旨を定めて、使用者に賃金支払義務者に対して罰則をもってその履行を強制している趣旨に徹すれば、労働者が賃金の支払を受ける前に賃金債権を他に譲渡した場合においても、その支払についてはなお同条が適用され、使用者は直接労働者に対し賃金を支払わなければならず、したがって、右賃金債権の譲受け人は自ら使用者に対してその支払を求めることは許されないものと解するのが相当である。」と判示しています。
ただし、個別事例ながら「妻から賃金債権を譲り受けた夫にその賃金を支払っても、夫婦が生計を一にしないとの特別の事情でもない限り夫に支払われた妻の賃金は結局妻の自由な使用に委ねられたことに帰するから、直接払違反にはならない」とした裁判例があります。
・派遣労働者と使用者たる派遣元管理者からの直接払いの問題
派遣労働者については、「派遣中の労働者の賃金を派遣先の使用者を通じて支払うことについては、派遣先の使用者が派遣中の労働者本人に対して派遣先の使用者からの賃金を手渡すことだけであれば、直接払の原則には違反しない。」と解されています。しかし、これも銀行振り込みであれば問題となりません。
・直接払いの例外(差し押さえ処分の場合)
全額払いに抵触しない例として、1)「行政庁が国税徴収法の規定に基づいて行った差し押
さえ処分に従って、使用者が労働者の賃金を控除のうえ当該行政官庁に納付すること。」、
2)「民事執行法に基づく差し押さえ。」以上の2つが、本条に違反しないものと解されてい
ます。
3.全額払いの原則
賃金は、賃金計算期間に計算された金額の全額を定められた支払日に支払わなければなりま
せん。従って、支払うべき賃金の一部を控除して、6ヶ月ごとに賞与として後払いするといっ
たことは出来ません。
ただし、事業場ごとに労働基準法第24条第1項に定められた労使協定を締結することにより、
賃金の一部を控除することができます。ところで、この控除は、正当な理由による正当な価額
の控除に限られることは、当然のことです。つまり、使用者が立場を利用して「理由無き賃金
控除協定」を締結し、事実上の賃金減額措置をとるといったことは出来ないことになります。
これは、事実上法第24条の全額払いの規定に違反しますし、民法の規定にも反すると思われ
ます。
・「労働法の研究」より抜粋
この「全額を支払う」の趣旨は、「賃金はその全額を支払わなければならないとするのは、賃金の一部を控除して支払うことを禁止するものである。」とされます。
ここで「控除」とは、「履行期の到来している賃金債権についてその一部を差し引いて支払わないことをいう。また、それが事実行為によると法律行為によるとを問わない。」とされています。
判例でも、「民法509条の法意に照らせば、労働者に使用者に対する明白かつ重大な不法行為であって、労働者の経済生活の保護の必要を最大限に考慮しても、なお使用者に生じた損害のてん補〈テンポ〉の必要を優越させるのでなければ権衡〈ケンコウ〉を失し、使用者にその不法行為債権による相殺を許さないで賃金全額の支払を命じることが社会通念上著しく不当であると認められるような特段の事情がある場合には、この相殺が許容されなければならないものと考えられる。」としたものがありますが、結局、「賃金控除によらなければ社会通念上著しく不当である場合」は、一般には存在せず(国税法、民事執行法の例外のみ)、債務を賃金から控除出来ないこととなります。
ただし、月例賃金、賞与、退職金であるとを問わず「労働者の完全な自由意思に基づく場合」には、労働者が有する債務を賃金から控除できると解されています。この場合であっても、民事執行法第152条第1項により、賃金の4分の3までは「差し押さえが禁止」されているため、賃金から控除できる額の上限は支払額の4分の1(33万円が上限)までとされています。
参考:民事執行法
第百五十二条 次に掲げる債権については、その支払期に受けるべき給付の四分の三に相当する部分(その額が標準的な世帯の必要生計費を勘案して政令で定める額を超えるときは、政令で定める額に相当する部分)は、差し押さえてはならない。
一 債務者が国及び地方公共団体以外の者から生計を維持するために支給を受ける継続的給付に係る債権
二 給料、賃金、俸給、退職年金及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る債権
2 退職手当及びその性質を有する給与に係る債権については、その給付の四分の三に相当する部分は、差し押さえてはならない。
3 債権者が前条第一項各号に掲げる義務に係る金銭債権(金銭の支払を目的とする債権をいう。以下同じ。)を請求する場合における前二項の規定の適用については、前二項中「四分の三」とあるのは、「二分の一」とする。
民事執行法施行令
第二条 法第百五十二条第一項 各号に掲げる債権(次項の債権を除く。)に係る同条第一項 (法第百六十七条の十四 及び第百九十三条第二項 において準用する場合を含む。以下同じ。)の政令で定める額は、次の各号に掲げる区分に応じ、それぞれ当該各号に定める額とする。
一 支払期が毎月と定められている場合 三十三万円
二 支払期が毎半月と定められている場合 十六万五千円
三 支払期が毎旬と定められている場合 十一万円
四 支払期が月の整数倍の期間ごとに定められている場合 三十三万円に当該倍数を乗じて得た金額に相当する額
五 支払期が毎日と定められている場合 一万千円
六 支払期がその他の期間をもつて定められている場合 一万千円に当該期間に係る日数を乗じて得た金額に相当する額
2 賞与及びその性質を有する給与に係る債権に係る法第百五十二条第一項 の政令で定める額は、三十三万円とする。
・ノーワーク・ノーペイの原則
これは、「労働者の自己都合による欠勤、遅刻、早退があった場合に、債務の本旨に従った労働の提供がなかった限度で賃金を支払わないときは、その部分については賃金債権は発生しないものであるし、また、賃金の一部を非常時払いその他により前払いした場合に、残部の賃金を支払期日に支給するときは、前払分は既に履行済みであるのであり、いずれも賃金債権そのものが縮減されるもであるから、控除ではなく、本条には違反しない。」とされています。
つまり、通常は「働いていない時間分の賃金は、支払う義務もないし、受け取る権利(請求権)もありません。」しかし、完全月給制の場合には、この限りではなく、労働時間がその月の所定労働時間よりも少なくなった場合でも、減額せずに通常の月給を支払う必要があります。
・月給制等の場合の賃金控除の方法
月給制の場合等の労働者の不就労部分の賃金控除を行う場合に、どの様に算定するかが問題
となります。
実は、この場合の減額する賃金額の算定方法は、法令に規定が無く、欠勤や早退の際に不就
労分の賃金を控除するとしている場合には、その合理的な算定方法を就業規則等に規定してお
く必要があります。もちろん、あきらかに不就労時間よりも過大に賃金控除した場合には、全
額払いの原則に反し、違法無効となります。
一般的には、法定時間外労働の際の割増賃金の基礎となる賃金の計算方法が参考になりま
す。
労働基準法施行規則
則第十九条 法第三十七条第一項の規定による通常の労働時間又は通常の労働日の賃金の計算額は、次の各号の金額に法第三十三条若しくは法第三十六条第一項の規定によつて延長した労働時間数若しくは休日の労働時間数又は午後十時から午前五時(厚生労働大臣が必要であると認める場合には、その定める地域又は期間については午後十一時から午前六時)までの労働時間数を乗じた金額とする。
一 時間によつて定められた賃金については、その金額
二 日によつて定められた賃金については、その金額を一日の所定労働時間数(日によつて所定労働時間数が異る場合には、一週間における一日平均所定労働時間数)で除した金額
三 週によつて定められた賃金については、その金額を週における所定労働時間数(週によつて所定労働時間数が異る場合には、四週間における一週平均所定労働時間数)で除した金額
四 月によつて定められた賃金については、その金額を月における所定労働時間数(月によつて所定労働時間数が異る場合には、一年間における一月平均所定労働時間数)で除した金額
五 月、週以外の一定の期間によつて定められた賃金については、前各号に準じて算定した金額
六 出来高払制その他の請負制によつて定められた賃金については、その賃金算定期間(賃金締切日がある場合には、賃金締切期間、以下同じ)において出来高払制その他の請負制によつて計算された賃金の総額を当該賃金算定期間における、総労働時間数で除した金額
七 労働者の受ける賃金が前各号の二以上の賃金よりなる場合には、その部分について各号によつてそれぞれ算定した金額の合計額
② 休日手当その他前項各号に含まれない賃金は、前項の計算においては、これを月によつて定められた賃金とみなす
・ストライキの場合の賃金減額、賃金の計算ミスによる賃金支払額の不足
通達では、「ストライキ等のため過払いとなった前月分の賃金を当月分の賃金で清算する程度は、賃金それ自体の計算に関するものであるから、本条違反とはならない。」とされています。
ここで、賃金の計算ミス等の場合の翌月分での調整については、最高裁の判例があり「適正な賃金の額を支払うための手段たる相殺は、同項によって除外される場合にあたらなくても、その行使の時期、方法、金額等からみて労働者の経済生活の安定と関係上不当と認められないものであれば同項の禁止するところではないと解するのが相当である。この見地からすれば、許されざるべき相殺は、過払いのあった時期と賃金の精算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてされ、また、あらかじめ労働者にそのことが予告されるとか、その額が多額にわたらないとか、要は労働者の経済生活に安定をおびやかすおそれのない場合でなければならないものと解される。」としています。
いすれにしても、「計算ミス等の場合の過払い分の相殺」や逆に計算ミスにより過小額を支払った場合に「翌月に不足額を支払う場合」等については、労基法第24条に触れないと解されています。
・割増賃金の計算の際の端数処理
割増賃金計算における端数処理
(ⅰ)1ヵ月における時間外労働及び深夜業の各々の時間数の合計に1時間未満の端数がある場合に、30分未満の端数を切り捨て、それ以上を1時間に切り上げること。
(ⅱ)1時間当たりの賃金額及び割増賃金額に円未満の端数が生じた場合、50銭未満の端数を切り捨て、それ以上を1円に切り上げること。
(ⅲ)1ヵ月における時間外労働、休日労働、深夜業の各々の割増賃金の総額に1円未満の端数が生じた場合、(ⅱ)と同様に処理すること。
b)1ヶ月の賃金支払額における端数処理
(ⅰ)1ヶ月の賃金支払額(賃金の一部を控除して支払う場合には控除した額。以下同じ。)に100円未満の端数が生じた場合、50円未満の端数を切り捨て、それ以上を100円に切り上げて支払うこと。
(ⅱ)1ヶ月の賃金支払額に応じた1,000円未満の端数を翌月の賃金支払日に繰り返して支払うこと。
・法令の規定による賃金控除
一部控除を認めた法令には、
・所得税法、・地方税法、・健康保険法、・厚生年金保険法、・労働保険徴収法(雇用保険保険料(一般保険料)の本人負担分)、・労働基準法第91条等があります。
4.毎月払いの原則
この「毎月」とは、暦に従うものと解されるから、毎月1日から月末までの期間に少なくとも1回は賃金を支払わなければならないとされています。これは、年俸制についても同様です。
また、支払期限については、必ずしもある月の労働に対する賃金をその月中に支払うことを要せず、不当に長い期間でない限り、締切後ある程度の期間を経てから支払う定めをすることも差支えないとされています。
賃金の支払方法については労基法に規定があり、「就業規則に必ず定めなければならない項目」とされています。また、常時10人未満の労働者を使用する事業所であり、就業規則の作成義務がない事業場であっても、労働基準法第15条により、労働条件として「賃金(退職手当及び第五号に規定する賃金を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項」を書面で明示しなければならないこととなっています。
5.一定期日払い
「「一定期日」は、期日が特定されるとともに、その期日が周期的に到来するものでなければならない。必ずしも、月の「15日」あるいは「10日及び20日」等と暦日を指定する必要はないから、月給について「月の末日」、週休について「土曜日」等とすることは差支えないが、「毎月15日から20までの間」等のように日が特定しない定めをすること、あるいは、「毎月第2土曜日」のように月7日の範囲で変動するような期日の定めをすることは許されない。」としています。
また、「ただし、所定支払日が休日に当たる場合には、その支払日を繰り上げる(又は繰り下げる)ことを定めるのは、一定期日払いには違反しない。」とされています。
さらに、「賃金の支払日は、本条第2項の毎月払いの原則又は労働協約に反しない限り、労働協約又は就業規則によって事由に定め、又は変更し得るものであるから、使用者が事前に第90条の手続きに従って就業規則を変更する限り支払期日が変更されても本条違反とはならない。」とされています。
○臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省で定める賃金
毎月一回以上、一定期日払いの例外となる賃金は、次のものが該当します。
イ)臨時に支払われる賃金
「「臨時に支払われる賃金」とは、「臨時的、突発的にもとづいて支払われるもの及び結婚手当等支給条件は予め確定されているが、支給事由の発生が不確定であり、且つ非常に稀に発生するもの」をいう。」とされています。
「就業規則の定めによって支給される私傷病手当、病気欠勤又は病気休職中の月給者に支給される加療見舞金、退職金等が臨時に支払われる賃金である。」とされています。
ロ)賞与
「「賞与」とは、「定期又は臨時に、原則として労働者の勤務成績に応じて支給されるものであって、その支給額が予め確定されていないもの」をいい、「定期的に支給されかつその支給額が確定しているものは、名称の如何に拘わらず」賞与とはみなされない。」とされています。
ハ)厚生労働省で定める賃金
これに関しては、「臨時に支払われる賃金及び賞与以外で毎月1回以上一定の期日を決めて支払うことを要しない賃金として、施行規則第8条は、次の3種の賃金を定めている。
1.1カ月を超える期間の出勤成績によって支給される精勤手当
2.1カ月を超える一定期間の継続勤務によって算定される勤続手当
3.1カ月を超える期間にわたる事由に準ずる事由によって算定される奨励過給又は能率手当
「上記の各賃金は、賞与に準じる性格を有し、1ヶ月以内の期間では支給額の決定基礎となるべき労働者の勤務成績等を判定するのに短期にすぎる事情もあり得ると認められるため、毎月払及び一定期日払の原則の適用を除外しているのであるから、これらの事情がなく、単に毎月払を回避する目的で「精勤手当」と名づけているもの等はこれに該当しないとはもちろんである。」としています。
○賃金の支払に関するその他の問題点
1.賃金の遡及支払
問】9月3日に本年に本年1月からの新給与を決定し、遡及支払を行う場合、1月以降9月2日迄の退職者については支給しないと規定するのは違法か。
遡及扱いは、各月賃金の後払と観念されるので退職者と雖も〈イエト゛モ〉当然当該在職期間中の賃金差額の追給を受給する権利があり、使用者は支払義務を負うものと解されるが如何。
答】新給与決定後過去に遡及して賃金を支払うことを取決める場合に、その支払対象者を在職者のみとするかもしくは退職者をも含めるかは当事者の事由であるから、設問の如き規定は違法ではない。
2.完全月給制の途中退社等の際の取扱
月の中途に入社又は退社した従業員について一か月分の賃金の全額が支給されるべきであるとすると、その従業員は入社又は退社した月の所定労働日の全部について労務を提供しなかったにもかかわらず一か月分の賃金が支払われることになるが、それはいわゆるノーワーク・ノーペイの原則(労働者が労働をしなかった場合にはその労働しなかった時間に対応する賃金は支払われないという原則)の例外をなすことになるから、月の中途に入社又は退社した従業員について一か月分の賃金の全額が支給されるべきであるといえるのは、労働者が使用者との間で月の中途に入社又は退社した場合でも一か月分の賃金の全額を支払うことを合意した場合に限られると解するのが相当である。
3.賃金債権の放棄
参考判例:総合労働研究所事件 2002年9月11日 東京地裁判決
本件規定に基づく退職金は、就業規則に基づいてその支給条件が明確に規定されていて、使用者がその支払義務を負担するものであるから、労働基準法一一条にいう「賃金」に該当し、同法二四条一項本文の賃金全額払原則の適用がある。そして、使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し、労働者に賃金の全額を確実に受領させ、労働者の生活を保護する同条項の趣旨によれば、本件規定に基づく退職金を免除する旨の意思表示は、労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、同条項に違反するとはいえないというべきであり、このことは、労働者が使用者に対し退職金を免除する旨の意思表示が、労使間の合意においてなされた場合についても妥当するというべきである(最高裁昭和四八年一月一九日第二小法廷判決)。
以上で賃金に関する考察 11(労働基準法24条)を終了します。