退職金とは何か?
退職金についての考察
○退職金は賃金か?
賃金の定義については、労働基準法第11条に規定があります。
労働基準法第11条 この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。
昭和22年9月13日基発17号 法第11条関係
(一)労働者に支給される物又は利益にして、次の各号の一に該当するものは、賃金とみなすこと。
(1)所定貨幣賃金の代わりに支給するもの、即ちその支給により貨幣賃金の減額を伴うもの。
※労働基準法第24条の全額払いに抵触する場合は、貨幣(労働者の金融機関の口座への振込みを含む)以外の支払いは出来ません。ただし、労働基準法施行規則第7条の2に規定された方法をとる場合を除きます。
(2)労働契約において、予め貨幣賃金の外にその支給が約束されてゐるもの。
(二)右に掲げるものであっても、次の各号の一に該当するものは、賃金とみなさないこと。
(1)代金を徴収するもの、但しその代金が甚だしく低額なものはこの限りでない。
(2)労働者の厚生福利施設とみなされるもの。
(三)退職金、結婚祝金、死亡弔慰金、災害見舞金等の恩恵的給付は原則として賃金とみなさないこと。但し退職金、結婚手当等であって労働協約、就業規則、労働契約等によって予め支給条件の明確なものはこの限りでないこと。
上記通達によれば、退職金は賃金ではないが、就業規則等(通常は退職金規程等と呼称)によって、あらかじめ支給条件の明確なものはこの限りでない(賃金に該当)とされています。
○退職金の法的性質は、裁判でどのように定義されているか?
ア 昭和46年(ワ)8738 東京地裁判決判決文抜粋 退職金不支給
退職金の法的性格については、賃金の後払い説、功労報酬説、退職後の生活保障説等に分かれているが、被用者が使用者に対し、退職金として請求するには、当該企業における労働協約、就業規則、退職金規定等に明示の規定があるか、それがなくても慣行により、賃金の後払的部分が特定しえて、かつ、支給条件が明確になり、それが当該雇用契約の内容となったと認定しうることが必要である。
※退職金の請求(受給)には、必ずしも明示規定は必要がないこと。退職金は「賃金後払い説」「功労報酬説」「退職後の生活保障説」などがあること。
イ 昭和63年(ワ)55 神戸地裁判決 判決文抜粋 退職金規程と労働協約の不利益変更の齟齬
労働協約ないし就業規則等に基づく退職金は、使用者に支払義務があり、賃金の後払的性格を有するものであるが、他方、報償的性格をも有しており、かつその支払額は退職事由、勤務年数などの諸条件に照して退職時においてはじめて確定するものであるから、退職時までは具体的な債権として成立しているとはいえないものである。
※退職金は、①賃金の後払い的性格を有する、②同時に、報償的性格も有している、②退職金の支払額は、退職事由・勤務年数などの諸条件に照らして、退職時にはじめて確定する、としています。
ウ 平成9年(ワ)8371 大阪地裁判決 判決文抜粋 退職金の規定内容の有効性
このように、被告の退職年金(ただし、規定額の範囲内に限る。)は、退職金規定に根拠を有し、労働契約上その支払が義務づけられるものではあるが、被告においては、退職年金と併せて退職一時金も支給され、その額は、他の同業、同規模の会社と比較して特に定額ではなかったこと、退職年金の支給期間が終身とされているうえに、年金受給中に死亡した退職者の配偶者にもその半額が支給されるものとされていること等を勘案すれば、被告の退職年金は、賃金の後払い的性格は希薄であって、主として功労報償的性格の強いものであるというべきである。
しかしながら、退職金の受給権を有する退職者に対し、一貫して交付されてきた年金通知書には、本件訂正変更条項が明記されてきたのであるから、右労使慣行においても、退職金の支給開始後に、社会情勢や社会保障制度の著しい変動や被告銀行の都合により、被告においてそのその支給額を改定し得ることが当然の前提とされていたものと認められる。
※退職金は、退職金規定に根拠を有し、労働契約上その支払いが義務づけられる。被告の退職年金は、賃金の後払い的性格は希薄であって、主として功労報償的性格の強いものである。
エ 平成11年(ワ)3491 東京地裁判決 判決文抜粋 退職金差し押さえ
退職金請求権は、退職に伴って当然に発生するものではなく、使用者が就業規則、労働協約等により、その支給の条件を明確にして支払を約した場合に、その支給の条件に即した法的な権利として、初めて発生するものと解される。退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項について就業規則を作成すべきことを定める労働基準法89条3号の2の規定もまた、退職金請求権が上記のような性質・内容のものであることを前提として設けられているものと考えられる。
※労働基準法第89条3号の2 退職手当の定めをする場合には、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
○退職金をめぐる問題
退職金は、原則として就業規則等(通常は退職金規程として別規程を設けます。ただし、退職金規程も就業規則の一部となります。)に明文として規定されることで、労働条件の一つとして、初めて請求の権利及び支払義務が生じます。従って、退職金の支払義務が法律上存在する訳ではありません。
次に、過去に退職金をめぐり裁判で争われた事例をみてみます。
ア 退職事由と退職金の支給制限
平成13年(ワ)8964 大阪地裁判決 退職事由と退職金支給制限、労働者の債務と退職金の相殺
事件の概要は、一身上の都合により会社を退職した者が円満退職でないとして退職金不支給となり請求を求めたもの
判決は、退職金の支払い義務がある
判決の理由は、
a 被告は退職金規程を含む社則を就業規則として労働基準監督署に届け出ており、被告は、退職金規程において退職金の支給条件を明確に定め、これに基づいて退職金を退職者に対して支給しているのであって、退職金規程に基づく退職金は、被告と従業員との労働契約の内容として労働の対価として被告が支払義務を負担する賃金に該当するものである。そして、退職金規程では「円満退職」の場合に限って退職金を支給し、懲戒その他本人の不都合により退職する場合には支給しないとの規定を設けているが、退職金規程に基づく退職金が上記のような性質を有するものである以上、これは労働基準法所定の賃金に該当するというべきで、いわゆる賃金の後払いとしての性質を有することになるし、さらに退職金規程が一条二項に「懲戒その他本人の不都合により退職の場合」には退職金を支給しないと規定して退職金不支給事由として懲戒の場合を挙げ、退職金不支給事由を限定していることからすれば、退職金規程一条二項の「円満退職」とは、退職者に懲戒解雇事由があるなど当該退職者の長年の勤続の功労を抹消してしまうほどの不信行為がある場合以外をいうと解すべきである。
b 原告は、本件貸付の残金と退職金とを相殺する旨主張する。賃金全額払の原則によれば、本来賃金との相殺は認められないが、労働者側からの相殺についてはこれをこれを認めても特段問題はない。
そうすると、本件貸付の残金は503,600円と認められ、原告の意思を合理的に解釈すれば、原告は認容された本件貸付の残金と退職金を相殺する意思であるといえるから、被告は、原告に対し、本件貸付の残金控除後の退職金残金2,159,750円を支払う義務がある。
イ 経営状況の悪化と退職金の支払いの変更
平成12年(ワ)1951 札幌地裁判決
事件の概要は、被告の元従業員であり平成12年3月20日付けで被告を退職した原告が、被告に対し、退職金請求権に基づき、退職金として3,784,000円の支払を求めるとともに、不当利得、債務不履行又は不法行為に基づき、被告従業員持株会社の退会に伴う原告の持株の精算金相当額から既払額を控除した11,105,782円の支払を求めた事案である。
判決は、原告に対し、10,797,873円及び平成12年8月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
判決の理由は、
しかし、上記精算金額の決定について、持株会理事会に全く自由な裁量があると解すると、理事会による恣意的な決定を許し、ひいては会員の利益を著しく損なうことになりかねないが、同条は、上記精算金額決定の基礎となる株価の算定につき、株式公開までの間、合理的な算定方法に基づく合理的な金額と認められる範囲において持株会社の裁量を認めたものであって、その限度において有効な規定であると解するのが相当である。
さらに、本件理事会決定は、①第三者割当増資により1株当たり550円で被告の株式を取得した株主に対し、1株当たり152円での払戻しを強制することになり、その投下資本回収を不当に妨げる結果になること、②持株会の設立以来維持されてきた退会精算金の金額を突如3分の1以下に減らすことになり、持株会会員の既得権を侵害する結果になることを考えれば、本件決定は、合理的な株価算定を基礎とするものとはにわかに認め難い。以上の検討によれば、本件理事会決定は、合理的な算定方法に合理的な金額を定めたものと認めることはできないから、持株会理事会の裁量の範囲を逸脱しているというほかなく、無効であるというべきである。
○退職金についてのまとめ
以上のとおり、退職金は会社の規定次第であり、そしてその規定内容に従って運用され、結果の判断がなされることとなります。また、退職金規程の不利益変更は、個別的及び集団的に争議の種となっています。また、中退共や建退共などの準公的な退職金制度も設置され、さらには確定拠出年金や確定給付年金が国の制度として設置され(他方で適格退職年金制度は廃止されました)、国策としても施策がなされています。
リタイア後の生活原資としての退職金は、公的年金制度と相まって非常に重要なものであると言えます。
退職金については、少し一貫性が欠けた内容となりましたが、次は「セクハラ・パワハラ問題」について記述します。
なお、打ち間違いは徐々に訂正いたします。