雇用保険とは何か? 1
逐条考察
第一章 総則(第一条―第四条)
第一条 (目的)
雇用保険は、労働者が失業した場合及び労働者について雇用の継続が困難となる事由が生じ
た場合に必要な給付を行うほか、労働者が自ら職業に関する教育訓練を受けた場合に必要な給
付を行うことにより、労働者の生活及び雇用の安定を図るとともに、求職活動を容易にする等
その就職を促進し、あわせて、労働者の職業の安定に資するため、失業の予防、雇用状態の是
正及び雇用機会の増大、労働者の能力の開発及び向上その他労働者の福祉の増進を図ることを
目的とする。
○目的条文
法律の趣旨は、通常第一条に規定されています。雇用保険法第一条を分解してみます。
1.雇用保険の対象者は誰か
雇用保険は、「失業した労働者」及び「雇用の継続が困難である事由が生じた場合における対象となる労働者」としています。従って、雇用保険法でいう「労働者」とは誰か?或いは、「労働者が失業した」とはどういう状態か?もしくは「雇用の継続が困難である事由が生じた場合」とはどういう場合か?が問題となります。
2.雇用保険で何をするのか
①労働者の生活及び雇用の安定を図る
②求職活動を容易にする等、就職を促進する
③上記にあわせて、「失業の予防」、「雇用状態の是正」及び「雇用機会の増大」、「労働者の能力の開発及び向上」「その他労働者の福祉の増進を図る」ことにより、労働者の職業の安定に資する
以上の3点が法の目的だとしています。
ここで、労働者の生活及び雇用の安定を促進するということは容易に理解できます。ただし、雇用するのは本来使用者(事業主)ですから、用語の意味の置き換えがみられます。求職活動を容易にする等就職を促進するこれは、失業者対策です。しかし、失業者を減らすことは、残念ながら政府等の経済対策によるところがより効果が大きく、厚生労働省や都道府県労働局あるいは都道府県の労政部局の政策では、出来ることや効果に限度があります。
次に、失業の予防については、雇用調整等に対する助成金等の施策などがとられています。また、雇用状態の是正については他法によるところが大きく、雇用機会の増大とは何を意味するのかがわかりにくく、労働者の能力の開発及び向上については、雇用保険の給付の中に位置づけられています。その他労働者の福祉の増進を図るとは何かについてもわかりにくくなっています。
第二条 (管掌)
雇用保険は、政府が管掌する。
2 雇用保険の事務の一部は、政令で定めるところにより、都道府県知事が行うこととすることができる。
雇用保険施行令
第一条 (都道府県が処理する事務)
雇用保険法(以下「法」という。)第二条第二項の規定により、法第六十三条第一項第一号に
掲げる事業のうち職業能力開発促進法(昭和四十四年法律第六十四号)第十一条第一項に規定す
る計画に基づく職業訓練を行う事業主及び職業訓練の推進のための活動を行う同法第十三条に
規定する事業主等(中央職業能力開発協会を除く。)に対する助成の事業の実施に関する事務
は、都道府県知事が行うこととする。
2 前項の規定により都道府県が処理することとされている事務は、地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第二条第九項第一号に規定する第一号法定受託事務とする。
1.管掌
雇用保険は政府が管掌するとされています。この管掌とは、「役目の権限によってつかさどること」とされています。つまり、雇用保険の管理・運営は「政府」が行うと規定しています。政府とは、具体的に言えば、「公共職業安定所」「都道府県労働局担当課、部、局長」「厚生労働省雇用保険課」「厚生労働省雇用安定局」「厚生労働大臣官房」「厚生労働大臣、副大臣、政務官、補佐官、事務次官」「日本国内閣」の順に責任部局が縦に並んでいます。
2.都道府県への一部事務(助成の事業に関する事務)移管
法第六十三条第一項第一号に掲げる事業のうち職業能力開発促進法(昭和四十四年法律第六十四号)第十一条第一項に規定する計画に基づく職業訓練を行う事業主及び職業訓練の推進のための活動を行う同法第十三条に規定する事業主等(中央職業能力開発協会を除く。)に対する助成の事業の実施に関する事務(地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第二条第九項第一号に規定する第一号法定受託事務)を都道府県知事に委託することとしています(施行令第一条)。
参考:第六十三条 政府は、被保険者等に関し、職業生活の全期間を通じて、これらの者の能力を開発し、及び向上させることを促進するため、能力開発事業として、次の事業を行うことができる。
一 職業能力開発促進法(昭和四十四年法律第六十四号)第十三条に規定する事業主等及び職業訓練の推進のための活動を行う者に対して、同法第十一条に規定する計画に基づく職業訓練、同法第二十四条第三項(同法第二十七条の二第二項において準用する場合を含む。)に規定する認定職業訓練(第五号において「認定職業訓練」という。)その他当該事業主等の行う職業訓練を振興するために必要な助成及び援助を行うこと並びに当該職業訓練を振興するために必要な助成及び援助を行う都道府県に対して、これらに要する経費の全部又は一部の補助を行うこと。(以下略)
職業能力開発促進法
地方自治法
第二条 地方公共団体は、法人とする。(中略)
第九項 この法律において「法定受託事務」とは、次に掲げる事務をいう。
一 法律又はこれに基づく政令により都道府県、市町村又は特別区が処理することとされる事務のうち、国が本来果たすべき役割に係るものであつて、国においてその適正な処理を特に確保する必要があるものとして法律又はこれに基づく政令に特に定めるもの(以下「第一号法定受託事務」という。)
○第二条のまとめ
雇用保険制度は、政府が管掌すること。また、職業能力開発法の規定に基づく認定職業訓練を実施する事業主等に対する必要な助成及び援助の事業について、都道府県知事に委託することができるとしています。また、都道府県知事が受託したこの事務は、第一号法定受託事務とされています。※第一号法定受託事務『国⇒都道府県』、第二号法定受託事務『都道府県⇒市町村特別区』
第三条 (雇用保険事業)
雇用保険は、第一条の目的を達成するため、失業等給付を行うほか、雇用安定事業及び能力開発事業を行うことができる。
1.失業等給付(雇用保険法(以下法といいます。)第十条)
失業等給付は、求職者給付、就職促進給付、教育訓練給付及び雇用継続給付とする。
2 求職者給付は、次のとおりとする。
一 基本手当
二 技能習得手当
三 寄宿手当
四 傷病手当
3 前項の規定にかかわらず、第三十七条の二第一項に規定する高年齢継続被保険者に係る求職者給付は、高年齢求職者給付金とし、第三十八条第一項に規定する短期雇用特例被保険者に係る求職者給付は、特例一時金とし、第四十三条第一項に規定する日雇労働被保険者に係る求職者給付は、日雇労働求職者給付金とする。
4 就職促進給付は、次のとおりとする。
一 就業促進手当
二 移転費
三 広域求職活動費
5 教育訓練給付は、教育訓練給付金とする。
6 雇用継続給付は、次のとおりとする。
一 高年齢雇用継続基本給付金及び高年齢再就職給付金(第六節第一款において「高年齢雇用継続給付」という。)
二 育児休業給付金
三 介護休業給付金
2.雇用安定事業(法第六十二条)
政府は、被保険者、被保険者であつた者及び被保険者になろうとする者(以下この章において「被保険者等」という。)に関し、失業の予防、雇用状態の是正、雇用機会の増大その他雇用の安定を図るため、雇用安定事業として、次の事業を行うことができる。(以下略)
3.能力開発事業(法第六十三条)
政府は、被保険者等に関し、職業生活の全期間を通じて、これらの者の能力を開発し、及び向上させることを促進するため、能力開発
事業として、次の事業を行うことができる。(以下略)
なお詳細は、該当条文のところで記述します。
第四条(定義)
この法律において「被保険者」とは、適用事業に雇用される労働者であつて、第六条各号に掲げる者以外のものをいう。
2 この法律において「離職」とは、被保険者について、事業主との雇用関係が終了することをいう。
3 この法律において「失業」とは、被保険者が離職し、労働の意思及び能力を有するにもかかわらず、職業に就くことができない状態にあることをいう。
4 この法律において「賃金」とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称のいかんを問わず、労働の対償として事業主が労働者に支払うもの(通貨以外のもので支払われるものであつて、厚生労働省令で定める範囲外のものを除く。)をいう。
5 賃金のうち通貨以外のもので支払われるものの評価に関して必要な事項は、厚生労働省令で定める。
1.被保険者
適用事業に雇用される者で、適用が除外されていない者を被保険者としています。そこで、適用事業とは「この法律においては、労働者が雇用される事業を適用事業とする。(法第五条)」。また、適用除外者は「65歳以降にあらたに雇用される者、所定労働時間が20時間未満(週当たり)の者、短期雇用であって21日以内に雇用期間が終了することが明らかな者、一定の季節労働者、勤労学生、一定の船員、地方公務員(非常勤職員等を除く)」とされています。被保険者の詳細は、第六条で記述します。
2.離職
離職とは、解雇、退職、辞職、雇止め、所定の契約期間の満了等により被保険者である労働者が事業主との労働契約関係を解消したことを言います。
3.失業
被保険者が離職し、「労働の意思及び能力を有するにもかかわらず、職業に就くことができない状態にある」ことをいいます。したがって、離職した被保険者が就職の意思を持たない場合や起業のために離職した場合若しくは転職先が既に決定している場合には、失業状態にあるとは認めてもらえません。
4.賃金
雇用保険法でいう賃金とは、労働基準法で定める賃金とは差違があります。詳細は、法第十七条で記述しますが簡単に説明しますと、労働の対象となる賃金が保険料の算定の基礎賃金となります。他方で、基本手当の算定の基となる賃金日額は「原則として離職した日の直前の6か月に毎月きまって支払われた賃金(つまり、賞与等は除きます。)の合計を180で割って算出した金額(これを「賃金日額」といいます。)」とされているとおり、賞与等の臨時に支払われた賃金は除外されます。
参考1:https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/hoken/h23/dl/koyou-05.pdf#search='%E9%9B%87%E7%94%A8%E4%BF%9D%E9%99%BA+%E8%B3%83%E9%87%91%E3%81%AE%E8%A9%B3%E7%B4%B0'(保険料の算定基礎賃金)
参考2:法第十七条 賃金日額は、算定対象期間において第十四条(第一項ただし書を除く。)の規定により被保険者期間として計算された最後の六箇月間に支払われた賃金(臨時に支払われる賃金及び三箇月を超える期間ごとに支払われる賃金を除く。次項及び第六節において同じ。)の総額を百八十で除して得た額とする。
5.通貨以外で支払われる賃金の評価
雇用保険法施行規則
第二条 (通貨以外のもので支払われる賃金の範囲及び評価)
法第四条第四項の賃金に算入すべき通貨以外のもので支払われる賃金の範囲は、食事、被服及び住居の利益のほか、公共職業安定所長が定めるところによる。
2 前項の通貨以外のもので支払われる賃金の評価額は、公共職業安定所長が定める。
※通貨以外で支払われる賃金の評価も、上記の参考1をご参照ください。
○まとめ
民間の生命保険等と雇用保険の契約関係等を比較してみます。もちろん批判は覚悟しています。
民間の保険 雇用保険
契約意思 任意 法に該当すれば事業主に対し加入強制
契約当事者 保険会社⇔契約者(個人、法人) 国⇔事業主
保険料支払 契約者 本体部分は労働者(被保険者)と事業主折半
保険対象者 契約で定める者 労働者(被保険者)
保険期間 契約で定める期間 労働者(被保険者)を使用している期間
保険事故 保険対象者の死亡等 労働者(被保険者)の失業等
保険金等支払 契約で定める者に支払う 労働者(被保険者)に支払う等
※このように、雇用保険はあくまで保険であるため、基本部分は民間の生命保険等と類似の構造となっています。
以上で雇用保険法第一条~第四条を終了します。続きは次回に記述します。